『
Lait de l'au du cafe 』
レッ
スンが終わって、いつも通り学内のカフェに向かおうとした僕の瞳の端は、
ホールの掲示板をじぃっと見上げている、栗色の頭の小さいひ
とをしっかり捉えていた。
何を見ているかなんて、確認しなくたってわかる。
今年のルー・マルレ・オーケストラの
ポスター。
掲示板には、他のオケの公演ポスターだって、何枚もあるのに、
のだめが見ているのは、いつも平たい紙
の上で指揮棒を持つ、あいつの姿だけ。
「……また見てるの?」
「リュカー。レッスン終わっ
たんデスか?」
「うん。……今日も勉強会するんでしょ?」
ハイ、と返事をしながらも、のだ
めの視線はポスターに張りついたまま。
そのポスター、のだめの家にだってあるはずだろうに。
なのに、目の前にい
る僕の事は、その瞳には映らないんだね。
……僕の胸の中に生まれる、小さな小さな闇は、日に日に膨らんでいく。
“あ
んなヤツのどこがそんなにいいのさ”
“いつものだめを置いて、自分の勉強の為ならのだめと離れる事も厭わないのに”
“僕
なら、いつだってのだめの側に居てあげられるのに”
カフェのソファに浅く腰掛けて、うつむ
いたままで膝の上の楽譜を読んでいる。
のだめの頬にさらさらとかかってる、柔らかそうな髪に触れてみたい。
いつ
もそう思いながら、こっそりとその横顔を眺めてるだけの僕。
“のだめはおバカさんだよ”
“隣
に、もっと優しくていい男がいるのに”
“どうして気付かないの?”
「……
大好きだよ」
「のだめも、好きデスよー」
「えっ!?」
思
わず口走ってしまった言葉に驚いて。
それに答えてくれたのだめの言葉にドキドキして。
今日、初めて合ったのだめ
と僕の視線。
のだめはにっこりと僕に笑って言った。
「のだめも、最近
はバッハさん好きだなーと思いマスv」
「バッハ……好きになったんだ」
「ハイ♪」
な
んだ……という安堵と、
なんで!?……という憤りと。
二つの相反する気持ちが交錯して、コーヒーに入れたミルク
みたいに、
ぐるぐると回っていく僕のこころ。
のだめの気持ちが、あいつにだけ向かってるのは、嫌というほど知っ
てる。
だけど。
“いつか、僕のこともオトコとして見てくれる?”
やっ
ぱり口にできない問いと一緒に、ミルクたっぷりのコーヒーを一口飲んだ。
それはとても甘いはずなのに、喉を通り過ぎると僕の口内には
苦味だけが残っていた。