俺 はのだめの部屋の前で呆然と立ち尽くしていた。

…いったいなんなんだ…

「う るさいわねー。痴話喧嘩だったらせめて窓を閉めてからしてちょうだい。ピアノに集中できないじゃない!」

頭上か らターニャの声が聞こえ声の方へ向いてみると、ターニャと黒木君が顔を覗かせていた。

「えっ、どうして黒木君が ここに」

「あ、えっと…テストのピアノ伴奏をターニャにお願いしていてちょうど楽譜を届けにきてて…」

黒 木君とターニャは少し顔が赤くなったような気が…

「千秋君、どうしたの?ってほとんど会話が上の部屋へ筒抜け だったから何となくは分かるけど…」

「理由は分かんないけど早く謝ったほうがいいわよ。のだめああ見えて結構怖 いから」

「…それは俺が一番よく知ってる…」

のだめの気持ちってなん だよ、まったくわかんねー

その時持っていた上着からブルブルと携帯が震えた。
俺は着信を見 ると電話に出て話をした。
テオからだ。
今日中にやらなくてはいけない仕事が片付かず助けてくれとのことだ。

… すこし頭を切り替えるか。そしたら答えが見えてくるかも…

「千秋君、仕事?」

「あ あ、テオの仕事少し手伝ってくる」

「ちょっと、チアキ、のだめはどうするのよ」

「ど うするもなにも閉め出されたからどうしようもないだろ、なにかあったら連絡くれ」

そう2人に行って俺は三善のア パルトマンをあとにした。

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真一くんのバカ…でもごめんなさ い。
あんな言い方しちゃって。

のだめだって分かってるんです。

し んいちくんがのだめのことを思ってそう言ってくれているって。

でも…少しはのだめのことを信じてほしい、そりゃ 心配だとは思うけど…

いつまでも真一くんのお荷物になりたくはない。

の だめは真一くんと一緒の目線で並びたいのに…

千秋先輩のだめの気持ち分かりますか?

あ の時いきなりウィーンに行かされて、ドレスを着せられ慣れない高いヒールの靴を履いてパーティーに出て。

最初は ミルヒーもいたんですけど、途中からはぐれちゃって…
のだめドイツ語全然分からないので声を掛けられても分かんなくて泣きそうだった んですよ。

そりゃ、千秋先輩はこういうのに慣れているし、ドイツ語だって大丈夫ですから楽しいと思いますけど、 のだめは怖かったんです、なんで真一くんはいないのかなって。

そうしたら偶然に松田さんに会って、知っている人 がいてのだめがどれだけ嬉しかったか。
お酒を一緒に飲んでいたのは覚えていますけど途中から覚えてないのです。

も う一度ピアノに座って、鍵盤に手を置いてしんいちくんのことを想って…

――ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第8 番 『悲愴』 第2楽章――

千秋先輩と初めて会った思い出の曲。
今は成長してちゃんと楽譜 通りに弾けるけど今日は…

思いが伝わるように集中して弾いていていた。
曲が終わりなんだか 涙がでてきた、別に悲しいことなんてないのに、どうして…

―パチパチ―

「まっ たく滅茶苦茶だ。作曲者の意図を読んでないでたらめの演奏だ。でも…音は良かったよ」

びっくりして振り向くと、 開いているドアにもたれてこっちを見ていた。