「ど、
どうしたんですか?」
「いや、客演に呼ばれてこっちに来たんだけど、ブラブラしてたらあまりに許せない音が聞こ
えてきたから、どんな奴が弾いてるかと思って」
「うぎっ、すいません…あっとりあえずどうぞ」
そ
うだよな…
いきなり男が部屋のなかに入っているんだもんな。いくら彼女が変態でも驚くよな。
で
も、いくら知ってる男とはいえ、フツー女の部屋に招き入れるか?
無防備にもほどがある。
「えっ
と、コーヒーでいいですか?」
「え、ああ。ありがとう」
オレは彼女に
促されるままにソファーに腰掛けた。
この前は控えめながらしっかりとメイクをしていて少、ドレスをきていたせい
か、艶っぽい感じがしていたが、これが本当の彼女なのだろう。
ほぼノーメイクなのだが白い肌や、大きな瞳、桃の
ような柔らかそうな頬、そして苺のような瑞々しい赤い唇などつい目がいってしまう。
…黙っていればそこそこいい
女なのに…
「あれ、千秋は?また客演で飛び回っているの?」
「いえ、
パリにいますよ。でもここはのだめの部屋です。先輩引っ越しましたから…」
「はあ?引っ越したって…」
よ
く見ると、片付いてはあるがピンクや赤などカラフルな女の子らしいものや、本棚にはマンガやフィギュアが置いてある。
「音
楽に集中したいから引っ越したんです。のだめもそれは分かるから…」
「それでいいの?」
「む
きゃ?ハイ、前みたいに会う機会は少ないですけど、会えない時間が愛が育つんです。
それに、先輩優しくしてくれるし…うきゃーーは
じゅかしいですーー」
彼女は顔を真っ赤になった顔を近くにあったタオルで隠した。
そ
んな彼女の無邪気さにオレは少し笑った。
でも…
「なんかあった?」
「ほ
げ?な、なんでですか」
テーブルにコーヒーを置いた彼女が怪訝そうにオレの顔を覗いた。
ど
うしてわかったんだろうと驚いているようだ。
「ん〜なんとなく」
「ほ
えー、さすがですね。年の功?」
「そんなんじゃないよ。経験だよ」
…
分かるんだよ、君のことなら。あの夜の一件以来頭から離れなくて…
「で、相談に乗ってあげようか?」
「い
いんですか?」
彼女は俺の対面に座り、自分の分のコーヒーを置いた。
「も
ちろん、これでも多少なりといろんな経験をしてきたからね。のだめちゃんよりいくつか年上だし。
アドバイスぐらいはできると思うよ。
ま、このまえのお詫びもかねて」
「むきゃ、お詫び?」
…彼女、どこま
で憶えてるんだろうか…
「この前のウィーンの時、ちょっと飲ませすぎたかなって…」
「あ
あ、あの時はスイマセン。のだめ、お酒が入っちゃうとすぐ酔っちゃうんですよ。それに、飲み過ぎちゃうと眠くなって、何にも憶えてなくて…」
申
し訳なさそうに彼女は俯いてしまった。
「あの、松田さん…のだめ、何かしましたか?松田さんとおしゃべりしてい
たことは憶えているんですが、その後が…」
オレはあの夜のことを思い出し、少し動揺してしまった。
あ
の時、オレは…
「イヤ、な〜んにも。話してる途中でガクンて倒れるように寝ちゃったから、シュトレーゼマンのと
ころに連れていっただけ」
「ふおー、そうだったんですか。のだめ起きたら自分の部屋にいたので夢だったのかなっ
て。
でも夢にしてはリアルだったし、ドレスも着たままだったので本当だったんだなって…」
彼
女はほっとしたのか、顔をあげてあっけらかんと話した。
…そう、あれは夢だ。夢だったんだ。そう思えば…
オ
レは軽いショックを受けながらも、自分の中で言い聞かせた。