「 ボクのおもちゃ 」
 
 
 
 
 
小さなのだめを拾って、もう1週間になる。
 
あいつが客演旅行の時は、いつも小さくなってついて行くんだって。
で も今回は、うっかり時間を間違えて、おいてけぼりをくらったらしい。
路頭に迷っていたのだめをポケットに隠し、半信半疑で家に連れ 帰った。
 
こんなお伽噺みたいな話、きっと誰も信じてくれないだろうけど。
今日は少し遅くなっちゃったから、のだめ、おなかすかせてるかな?

ダッシュで帰って自分 の部屋に駆け込むと、小さな小さなのだめが、机の上に腰掛けて、足をぶらぶらさせながら僕の帰りを待っていた。
 
「おかえりなサイ、リュカ!」
 
そうして笑うと、本当に、童話の中の妖精みたい。
 
「ただいま」と返しながら、ボクは内心ほっと胸をなでおろす。
小 さなのだめを拾ってからの毎日が、心配とヨロコビの連続だ。
もしかして、ボクの留守中にいなくなっちゃうんじゃないかって。
 
でも、まあ、ボクも男ですから。
そんなことで一喜 一憂してるの、女の子に悟られたらかっこ悪い。
せいいっぱい何気ないフリをして、かばんからバケットサンドを取り出した。
 
「ムホー!今日もおいしそうデス!」
「こらこら、 あわてて食べちゃだめだよ」
 
自分の何倍もある大きなサンドにかじりつくのだめ。
相変わらず元気いっぱいで、おいてけぼりをくらったことなんてまるで気 にしてないみたい。
むしろきっと今頃、あいつの方がやきもきしてるんじゃないかな?想像すると胸がすくような思いだ。

むせるのだめの背中を人差し指でとんとん叩いてや りながら、その豪快な食べっぷりにひとしきり笑った。
 
「今日もデザート買ってきたよ」
「ふおお、毎日 しゅごいです!盆と正月がいっぺんにきたかのようですネ」
 
ボン?ショーガツ?前に言ってたポックリ寺と関係あるのかな?
毎 日のデザートは、君のことが好きだからだよ、なんて簡単に言ったりはしないけど。
 
でも、今日は。
 
「バケットも大きかったし、これはおあずけ」
「えー」
「課 題をすませたら、ご褒美に出してあげるよ」
「リュカってばほんとに先生みたいですネ」
 
のだめときたら、アナリーゼが相変わらず苦手なんだから。
小 さな身体で本を読むのは大変そうだけど、一生懸命文字を追ってるその様子は、とってもとってもかわいいんだ。
実は自分の方が勉強に身 が入らなくなってるなんてこと、口が裂けても言えないよ。
何しろボクは、のだめの先生なんだからね。
 
課題のあとも、「デザートは連弾が終わってから」とおあずけを続ける。
のだめはボクの弾くピアノに、小さな足で鍵盤のうえをステップしなが ら、小鳥みたいに合わせてくれた。
まさしく踊るようなのだめの旋律は、耳にとっても心地よい。
だけど、その弾き 方はさすがにちょっと体力を消耗するみたい。
 
息をきらして、へたりこんだのだめがボクを見上げる。
 
「リュカ、そろそろデザートは?」
 
年下のボクにそんなにおねだりするなんて、のだめってばホントにいやし いんだから。
あきれたフリをしてみるけど、思い通りの展開にほくそえむ。
 
「うん、そろそろ出してあげてもいいかな」
「む きゃー!やったー!!」
「だけど、そのかわり…」
 
これからもずっと、ここに住んでくれる?
あいつと 別れて、ボクの恋人になってくれる?
ぜめて今年のノエルには、ボクと一緒にいてくれる?
 
用意してたたくさんの言葉を呑み込んで、
 
「…元のサイズに戻っても、ボクのうちに遊びに来てくれる?」
 
けっきょくボクってだらしがないな。
そんな簡単な 約束を取り付けただけで、この界隈でいちばん評判のシュークリームをあげちゃうなんて。
のだめを待たせて行列に並んだ甲斐もないじゃ ないか。
 
のだめのほっぺについてるクリームを、人差し指ですくい取ってひとなめ したのがボクの分。
 
「とっても美味しいデス♪」
 
たぶんきっと、君が食べてるクリームより、ボクが今食べたクリームの方 が、何倍も何百倍もおいしいにちがいない。
 
「また買ってきてあげるよ」
 
小さなぷっくりしたそのほっぺをもう一度つつくと、のだめは「ぎゃぼ」 とよろけてたたらを踏んだ。
 
だから今だけは、ボクだけのおもちゃでいてね。
 

その3日後、のだめは予定通り帰ってしまった。
だ けど、学校で再会したとき、もういつもの大きさに戻ってたのだめは、あのまるい目をくるっとまわして、意味あり気な笑みをボクに向けてきた。
 
そう、あの10日間のことは、ボクたちだけのひみつなんだ。
 
ボクも、余裕のある男のつもりになって、慣れないウィンクを返す。
ぷっ とふき出したボクたちを見て、ターニャが「何の話?」と不思議そうにしてるのが、けっこう快感だった。
 
 

おわり