『松 田幸久、独身日記。その2』




俺 は、自分で言うのもなんだけど。
今や、世間では結構知られている、人気指揮者。

最 近では、CMにも出たりして。
結構有名人なんだと自分では思う。

だ から、よく声かけられたりして。
俺はとっても、フレンドリーな人気者だから。

ちゃ んと、愛想よく受け答えする。


ま。俺 ほどの実力もルックスも兼ね備えた男だったら当然だけどな?



「す みません〜。松田幸久さんですよね?」

…ホラ、また来た。

新 幹線のホーム。
東京行きの新幹線を待っていると、背後から声をかけられる。
声 をかけてきたのは、俺と同じ年齢位の女性。
品が良さそうな…


ま いったなぁ?またファンか?
女性ファンが多いのは俺のルックスがいいから仕方な いんだけど。


「はっはっは〜。そうで すよ?」


営業用のスマイルで、そう微 笑み返すと、その女性の横には子供が一人。
……なんだ。子連か?


「お じちゃん。指揮者の人だよね?」

……お、オジちゃん???

そ のガキは、ふてぶてしくそう言い放つ。
なんだ?このガキ…。


「… これっ!オジちゃんって失礼でしょ?…すみません。」
「…はっはっは〜〜。いい ですよ?」

顔は引きつるのが自分でもわかったけど、無理に 笑顔を作って微笑む。

「ほ、ほら、握手してもらいなさい? ね?」
「…え?いいよぉ〜。」

可 愛くねーな?このガキはっ!!!
それでも、愛想良く…と自分に言い聞かせたの は、そのこの母親が持っていた
俺の公演のパンフレット。

きっ と、親子で聴きに来てたんだろう…
お客さまは大事にしないとな…

「ボ ク。可愛いね?いくつ?」
「可愛いって褒め言葉になってないよ?オジちゃん…」

誰 がオジちゃんだ?クソガキ…
けど、俺は大人だからっ!

そ うだ。

こういう時は子供目線で、接するといいんだよな?
口 角を無理矢理上げて、そのガキと視線を合わせて。


「… そっか〜。格好いいって言わなきゃな?」


勢 い良くしゃがみこむ。
その瞬間。


ビ リッ!!!



けつ の穴がスースーする……
まさか……とは思うけど・・……


ゆっ くり立ちあがり、心持ち、いや、全神経を集中して。
尻の筋肉に緊張を促す。


「…? なんか、今。ビリッていったよ?オジちゃん?」
「……いってないからっ!」

疑 わしく俺を見るガキ。
母親には気付かれていないのか、何が起こったのかわかって ないようで。

「…けど、ビリッて…?」
「いっ てないって、言ってるだろ?クソガキっ!!!」


…………・ あ?


しつこく追求するガキにムカつい て、つい声を荒げて。
驚いた顔をしている母親の顔を一瞬見て。
慌 てて視線を落とす…


…………しまっ た…俺のイメージが…


「あの……?」
「あ。 新幹線来ましたので、これで。また、聴きに来てくださいね?」
「えっと…松田幸 久さん…?」

「そ、それじゃっ!」

ホー ムに滑りこんできた新幹線に、背後を見せないようにカニ歩きで乗りこむ。
新幹線 に乗りこんだ途端、席には行かず、まっしぐらにトイレにかけこんで。

イ ザという時の為に持っていたソーイングセットを出し。
おもむろにズボンを脱い で。

「くそ〜〜。やっぱ、もうちょい痩せないとなぁ〜。 はぁ。」

チクチクチク……

そ の裂け目を縫い合わせる。



松 田幸久。
独身が長いと、裁縫も上手いよ?……という話。


(お わりです。)