(Lesson119の補完になりま
す。閲覧にご注意ください。)
年
の差なんて気にしないと完全に言い切れるほど大人じゃない。
でも、僕が思うにこれだけは。
優越感を持ってもいい
んじゃないだろうか。
『同
級生』
「おはよう!」
「〜♪
あ、おはようございマス!」
「?ご機嫌だね!なんかいいことでもあった?」
「むきゃ?わかりますか?」
い
つものようにアパルトマンの中庭までのだめを迎えに来て待っていると、弾んだゴム鞠のようなスキップで階段を駆け下りてきたのだめ。
ぴ
りりとした空気に触れてほんのり赤くなった頬がいっそう上気して、冷たい朝の空気が一気に色付く錯覚にも陥る。
ーわかりますか、だっ
て?
そんなの一目瞭然だ。どんな些細な変化だって、僕だったら言い当てることができる自信がある。
「で?
何、いいことって?」
「のだめ運命の出会いがあったんですヨ!」
「は?」
の
だめがフランクと本選を聴きに行ったのは昨日の話。
僕も授業がなかったら一緒に行ったんだけどな。
そう告げる
と、そうでしたね、と残念そうな表情を一瞬浮かべて
次の瞬間には本当に素敵な曲だったんデスよ、と夢見るようなうっとりとした表情を
見せる。
くるくると変わる表情豊かな茶色の瞳にうっとりとさせられるのは決まって僕のほうなんだけどな。
そんな
ことを頭の片隅では思いながら努めて会話の方に意識を集中させて言葉を選ぶ。
「本選てことはコンチェルトだよ
ね?ラフマの2?いや・・・3、かな」
「違いますヨ〜」
「まって。僕が当てるよ!・・・チャイコ」
「ブー」
「じゃ
あ、ショパンの1」
「残念デスけどちがいマス」
残念ですけど、というわりには僕が外すと心
なしか得意げな顔をするのだめ。
まるで子供だ。・・・なんて僕に言われたくはないだろうから口にはしないけどね、でも。
『そ
ういう顔も、結構好き』
ちらりとのだめの方を見ると、もう降参ですか?とでも言いたげに黙り込んだ僕をみてにっ
こり笑う。
・・・もちろん口には出さないけど。
そもそもコンクールの本選で弾くピアコンなんて大体予想はつく。
い
くつか挙げていけばすぐに正解に辿りつくのはわかってるんだけどな。
でも、もう少し。あと少しだけ。
「うー
ん・・・じゃ、ラヴェルの」
「あー!ダメ、ダメです!」
「え?」
僕の
頭の中での流れ的に、この曲が次に出てきたのは特に意識はしてなかったんだけど。
“ト長調?”と口の先まで出かかったところで唐突に
その言葉を止められる。
思わず足を止めてのだめの顔を見つめると、ふいっと目を逸らされた。
“しまった”“困っ
た”・・・なのか。
“当てないで”“言わないで”・・・だよね、どう見ても。
その表情はとても複雑で、だけど明
らかに1つの拒絶を示していた。
「・・・」
「あ、ごめんなさい。えっと、言っちゃったらな
くなりそうで」
「はー?そんなことないよ」
「むん・・・先輩からもそう言われました」
「え」
バッ
ハにモーツアルトにショパンに、ラヴェル・・・挙げたらきりがないくらい大好きなピアノの話を毎日してるとき。
年の差なんて、って
思ってるけどさ。
ホントはそんなもの気にしない、と完全に言い切れるほど大人じゃない。
そりゃ僕は確かに年下だ
し?同じピアノ科の同級生で友達以上でも以下でもない。
だけどこうやって毎日話をできるのは同じ科のよしみってやつだから。
い
つもこんなときはいいようもなく優越感を感じていたのに。
僕が最初なんじゃないか、なんて。・・・そうだよな。なんでそんなふうに思
い込んだんだろ。
よせばいいのに、やっぱり確かめたくて聞かずにはいられない。
「それは千
秋と共演したいから、とか」
「もちろんデス!」
悔しいほどにキッパリと、その口調にはなん
の迷いも言い淀みもなかった。
だけど希望に満ちた鮮やかな微笑みは、僕の意思に反して見とれずにはいられなくて目を思わず細めて呟い
た。
・・・しょうがないな。
「CD持ってる?」
「いえー。だから今
日、授業が終わったら図書館で聴こうかなってー」
「僕、確か2枚くらい持ってたと思うけど・・・貸そうか?」
「む
きゃー!いいんデスか?!」
「もちろん。ついでに楽譜も家にあったと思うけど・・・そうだ、一緒に連弾しようよ!」
『し
マス!』
「せっかくですけど、いいデス」
「え」
予
想に反する答えがさらに僕を追い詰める。
いつもなら、迷いなくouiと返ってくるところだろ?
「・・・
なんで」
「えっと、この曲はちょっと特別っていうか・・・のだめ、できるだけ自力で勉強してみたいんデス」
「・・・・」
「あっ
でも楽譜は貸して欲しいデス!」
辻褄合わせのような無邪気な微笑に、結局はすべてを受け入れざるを得ないのはい
つものことなんだけど。
ああもう、これが惚れた弱みってやつなんだろうな。
思わず千秋に同情した瞬間でもあり。
やっ
ぱり優越感を感じる瞬間でもあった。
「楽しみデス♪・・・?リュカ?何かおかしいデスか?」
「い
や、別に。早速明日もって来るね!」
「ハイ!」
−悪いけどね、千秋。
今、
僕に向けられた微笑はやっぱり僕だけのものだし。
それに、のだめのピアノに毎日一番近くでい続けられるのもやっぱり僕だって自負は、
今でもあるんだ。
いつかのだめが本当にオケと共演する日が来るまでは、この優越感は持ってても許されるだろ?
視
線の真横で眺める横顔を、もう少しで目線が追い越せそうなことにも優越感を感じながら。
心の中で何度目かの宣戦布告をした。
*
エピローグ*
「おい・・・いつまで食ってる?おまえ遅刻するんじゃな
いのか?!」
「だって!先輩の朝ごはん、久々にゆっくり食べたかったんデスよ!」
「ふざけんな・・・たまたまオ
レがいたからいいようなものの・・・いい加減に自立しろ!」
「お言葉ですが、勝手に酔っぱらってきて勝手に泊まったのはどこのオレ様
ですカ?」
「・・・だから朝飯作っただろ!」
週末本番を1つ終えて、久しぶりにみんなで飲
んで。
気づいたらのだめのアパルトマンのベッドで寝ていたオレ。
何も予定のない午前中、ゆっくり寝ていたかった
のだが。
勝手に上がり込んだ罪悪感と、のだめのお腹すきました攻撃にあってしまい・・・。
二日酔い気味の頭を抱
えながらも結局、朝飯を作って今に至る。
〜♪
ーえ?・・・これって、まさか。
「ア
ロー?あ、リュカ?ハイ、今行きますね!・・はい?もちろんデス!のだめのお気に入りデス、ありがとうございマス!」
プッ。
「じゃー
先輩、行って来ます!お仕事頑張ってくだサイ!」
「おまえ、どうした・・・ソレ」
「すごいでしょ?リュカが設定
してくれたんデス!」
「・・・・・」
「?先輩?どうかしましたか?」
「のだめ、忘れ物」
の
だめの携帯から流れ出したのは、どう設定したのか。
明らかにのだめが先日もったいぶってしぶしぶ白状したあの曲のワンフレーズだっ
た。
ーふざけんな、言ったらなくなるんじゃなかったのかよ。
ーって・・オレだってこいつに
全部、白状できてねーのに・・・。
いまだすべてを言葉にできない後ろめたさと複雑な想いと。
だけど直面白くない
と思う、実に自分に都合のいい矛盾から目を逸らしながら、思わず立ち上がって距離を縮める。
「ハイ?バックは持
ちましたヨ?・・・って、・・・・っ?!」
「・・・」
「・・・う・・・こ、これってもしかして行ってらっしゃい
のキ」
「っ・・・ほら、もー行けよ!遅刻なんだろ?!」
「じゅうで〜ん!愛してマース!むっきゃーーーー!!」
ー
煽られた気がしないでもないが・・・悪いな。
バタン、と勢いよく奇声とともに消えた後姿を見送りながら、らしくない行動に出た自分に
呆れながらも
子供相手にバカバカしいと思いつつ、窓の外を仲良く歩いていく後姿を眺めながら思わず宣戦布告した自分がいた。