駅 から少しばかり離れるが、ちょっと小奇麗なイタリアンレストランが一軒。
少し狭いが、オケのメンバーにここのオーナーと知り合いがい るらしく、時間も遅いが、オーナーの好意で今夜は打ち上げ会場として貸切になっているそうだ。

料理もオーナー特 製だという品々が所狭しとテーブルに並べられ、飲み物もイタリアンワインを中心にいろいろと用意されていた。

挨 拶もそこそこに、乾杯の音頭を峰がとる。

「えー、では、堅苦しい挨拶はこのへんにして。みんな、今夜は最高だっ たぜ!って事で、かんぱーい!!」

「「「かんぱーい!!!」」」

カチ ンカチンとグラスが鳴る音がそこここでする。
俺は壁際でその様子を眺めながら、一人ワインに口を付けた。

そ れに気付いた峰が、すばやく隣までやって来た。

「おう、親友。浮かない顔してるな」
「別 に」
「俺には分かってるぞ」

ニヤニヤと峰は笑っている。

「千 秋様!真澄、今夜はとっても感動しました〜!」
「萌も〜」
「薫も〜」

目 を潤ませながら、今度は3人が寄ってきた。

「今夜はありがとな」
「千秋様!お礼なんて言っ ていただかなくて結構ですわ!」
「「そうよ〜」」

きゃあきゃあとかしましい3人の後ろに は、あははと笑う清良。
そして黒木くんと菊池くんも近付いてきた。

「千秋くん、モテモテだ ね」

とは菊池くん。

「今夜は楽しかったよ」

と は黒木くん。

「みんな、ありがとう」

何だか気を遣ってもらっているよ うで、申し分けない気持ちになる。



のだめは結局、控え室には来なかっ た。





『不機嫌なマエストロ  第11話−3』





結構な大 所帯のこのオケ。
メンバーも様々だ。
学生もいれば、社会人もいる。

声 をかけられては一言二言言葉を交わす、を繰り返しながら、頭の片隅ではのだめの事を考えていた。

ぎりぎりまで控 え室にいたけれど、のだめがドアをノックすることはなかった。
確かに客席にはいたのに。

大 成功と言っていい今夜の公演を労う集まりなのに、俺一人、何だか取り残されたような気分で壁際にいる。

「おー い、暗いぞ、千秋」

会場を一回りしてきた峰が、再び声をかけてきた。
そう言う峰は、何だか さっきから落ち着きがなく、そわそわしているようだ。
いつもこうだと言えば、こうではあるが。

「別 に。お前こそ、何か変だぞ」
「そ、そうか?」

明後日の方を見て峰が答える。
時 間を気にしているのか、時計をちらちらとさっきから見ている。

「時間が気になるのか?」
「え? あ、まあ、そうだな」

峰は曖昧に濁して、手にしていたグラスを空けた。

と、 その時。
バッターン!と派手な音がして店のドアが開いた。


「むっ きゃー!遅れちゃいマシタ!」


聞きなれた声、と言うより、奇声が店内にこだまする。
一 気に店内の注目を集めたそこには、予想通りの人物。

「のだめ!」

そこ には、薄く化粧はしているものの、風にでも煽られたのか、髪がぼさぼさに乱れたのだめが立っていた。

「遅いから 心配したぞ!」
「ごめんなさいデス。場所が分かりづらくて・・・」

峰がのだめまで歩み寄っ て、のだめを頭をわしわしと撫で回すのを、咄嗟に動けなかった俺はその場で眺めていた。
あんなに会いたかったのだめが目の前にいる が、何て声をかけたらいいのか、今更迷っている。

「みんなも知ってると思うけど、今日のスペシャルゲストののだ めだ!俺のソウルメイトだ!」
「のだめデス。こんばんは」

わあっと歓声が上がった。
も うみんな酔っているのか、テンションが高い。
あっという間にのだめは取り囲まれてしまって、すぐには近付く事が出来そうになかった。

「の だめちゃん、ファンなんです」
「あ、ありがとございマス」
「僕も!」
「私も〜!CDも買い ましたよー」
「どうもデス」

そんな会話が耳に聞こえてくる。
アイツは どこへ行っても人気者のようだ。
大勢に取り囲まれるのだめは、笑顔で対応している。

そこへ 真澄、萌、薫が乱入する。

「ちょっと!のだめ!」
「真澄ちゃん!あの、今夜はとっても素敵 デシタ!」
「そんなの当たり前よ!私はいつも素敵なの!」
「「のだめちゃーん」」
「萌ちゃ ん、薫ちゃん」
「「「久しぶり〜!」」」

裏軒のクリスマスパーティで会ってるはずだけ ど・・・。

約一ヶ月ぶりの再会を、鈴木姉妹とのだめ、ついでに真澄は手を取り合って喜んでいる。

「ね ねね、のだめちゃん」
「ハイ?」
「ひとつ聞きたい事があるんだけど、いい?」
「何デス か?」

鈴木姉妹が顔を見合わせて、意を決したように尋ねた。

「「リュ カのプロポーズ、何て返事したの〜?」」

俺は聞くとはなしに聞いていた会話に、思わず耳をそばだてていた。

一 瞬目を丸くしたのだめは、目を泳がせる。

「えーとデスね・・・」
「「うん、うん」」
「そ れはデスね・・・」

真澄が「ちょっと、アンタ達!」と窘めてはいるが、鈴木姉妹の期待に満ちた視線に、のだめは しどろもどろといった風だ。

そこに新たに二人加わった。

「私達も仲間 に入れてちょうだい」

清良と相沢さんだ。

「のだめちゃん、久しぶ り!」
「ハイ、清良さんも」
「あ、私は初めましてよね〜。よろしく!」
「初めましてデス。 今夜のソリストさんデスよね?とっても素敵デシタ!」
「わ、ありがとう!」

のだめのいる一 角が、やけに賑やかになる。

「ねね、何の話してたの?」
「「リュカのプロポーズよ〜」」

清 良はのだめをちらっと見ると、

「そんな事より、萌ちゃんは木村くんとどうなのよ?」
「え?」
「あ、 私も聞きたーい。木村くんと萌ちゃんって意外よね。木村くんのどこを好きになったのよ〜?」
「え?え?それは〜・・・」

話 題が逸れて、のだめはほっとしたようだった。
清良が上手くかわしてくれたのか・・・。

やが て萌が携帯を取り出して、画面を覗き込んだ面々が高い声を上げた。

「嘘!これ木村くん?」
「別 人?」
「本人です!」
萌が頬を膨らませている。
どうやら完全に話題は変わったようだ。

そ の様子を眺めていたら

「よかったな!」

そんな俺の肩を叩くのは峰。
い つの間にやら戻ってきていたようだ。

「何が?」
「のだめだよ、のだめ。会いたかっただ ろ?」
「・・・・・・」
「今日は朝まで貸し切りだから、まあ、適当なところで切り上げて、帰ってもいいぞ。あ、 帰る時はのだめ、送っていってやれよ」

峰はウィンクすると、また人の輪の中に入っていった。
も しかしなくても、どうやら峰にいっぱい食わされたようだ。

しかしのだめはまだみんなに取り囲まれたままで。
俺 は俺で、声をかけられて。

やっと会話を交わせたのは、それから1時間ほど経ってからだった。

「あ の、先輩」

少し酔っているような顔をしたのだめが、声をかけてきた。

「遅 くなったけど、今夜はとっても素敵デシタ」
「うん・・・」

周りは飲んで食べての騒ぎで、か なり煩くなってきていた。

「あの、控え室、行かなくてごめんなサイ。本当は行きたかったんデスけど、峰くんに、 打ち上げに来てくれって頼まれてて。で、先輩にはそれまで会わないでくれって・・・」

峰の考えそうな事だ。
ど うりでアイツがニヤニヤしてた訳だ。

「別にいいよ」

今こうして会えた から。

「あの曲・・・」

のだめは少しだけ俯いて、だけどすぐに顔を上 げた。

「あんなふうに演奏してもらえるなんて思ってなくて・・・。あの、ええと・・・上手く言えマセンけど、凄 く、嬉しくて、感動しマシタ」

真っ直ぐな瞳で俺を見つめてきた。

「そっ か・・・よかった・・・」

にこっと笑うのだめは、やけに愛おしく見えた。
そして気付く、の だめの首には・・・。

「それ・・・」
「あ、気付きマシタ?」
「まだ 持って・・・」
「のだめの宝物デスから」

小さな赤いルビーが、のだめの首に下がっていた。
コ イツの母親が作ったんだろうか、可愛らしいのに所々大人っぽいデザインのワンピースが、のだめによく似合っていた。
だけど、そのワン ピースには、俺の贈ったルビーは少し小振りすぎる。

「もう少し、大きい石のほうが良かったかもな」

そ う呟けば。

「いいんデスよ。のだめには、これくらいで」

そう答える。

もっ と話したい事があったと思ったのに、本人を前にすると、言葉が出てこない。
目の前にのだめがいる。
それだけでい い、と思えてしまう。

きゅるるる・・・。

するとここで、有り得ない音 が。
もしかしなくても、今のは・・・?

「ごめんなサイ。みんなとお話してたら、まだ何も食 べてなくて。お腹ぺこぺこなんデス。あ、先輩。あれ食べマシタ?あれも美味しそうなんデスよねー」

急にのだめは キョロキョロとテーブルの上の料理を物色し始めた。
さっきまで、いい雰囲気だったのに。

相 変わらずの様子に、呆れる前に笑ってしまう。

こういう奴だよ、コイツは・・・。

大 口を開けて料理にかぶりつく様子を見ながら、俺にも何かくれと催促してみた。

「えー、これはのだめのデスよ」

ぶー たれながらも、のだめは俺に皿を差し出した。

「はい、どうぞ。食べたら先輩が何か持ってきてくだサイよ?」
「は いはい」

懐かしい時間を巻き戻したような錯覚。
何でもない事でものだめと一緒に共有した い、と心から思う。

しかしのだめはどう思っているんだろう。

そしてど こにそんなに入るのか、のだめはよく食べ、よく飲んだ。
酒、弱いくせに・・・。

その間に も、声をかけられたりしていて、その中の一人が言った。

「12日のコンサート、チケット取れたんです。あの、楽 しみにしてますから!」
「ほわ〜、ありがとデス」

のだめはほろ酔いでそれに答えていて、俺 の方がそれにはっとした。

「おい。お前、明日はリハとかないのか?」

コ ンサートまで、あと一週間。
練習だって大詰めだろうし、企画もののコンサートなら、打ち合わせがまだ残っているかもしれないし、リハ だってまだあるかもしれないし・・・。

「あ〜、ありマスよ〜明日は。・・・確か午後からデスけど〜」

暢 気に答えるのだめの腕を掴んだ。
時計はもう、とっくに日付が変わっている。
始発が出る朝まで、この騒ぎに付き 合ってはいられない。

「おい、帰るぞ」
「え〜、まだいたいデス〜」
「馬 鹿。明日、というかもう今日だけど、仕事に差し支えるだろ?お前はもうプロなんだぞ」

その言葉に、のだめが俺を 見た。

「そ・・・デスね」

覚束ない足取りののだめを引きずるように、 店を出た。
店を出る前に峰に一声だけかけようかとも思ったが・・・適当に帰っていいと言われていたから止めた。
そ のうち誰かが気付くだろう。

少し広い通りまで出てタクシーを探すが、週末とあって、なかなか拾えない。
そ れでも10分もしない内に、何とか拾うことが出来た。

のだめを押し込もうとして、だけどその前にのだめが俺の腕 を引っ張った。

「何だ?」
「今日は、もう少し、先輩とお話したいんデス」

の だめは酔っているはずだが、その瞳は酔ってはいなかった。

「でも、もう遅いぞ。開いている店だって」
「先 輩のお家、行っちゃ駄目デスか?のだめ、行った事ないし・・・のだめの部屋は、今、住みづらくて・・・」

俺の家 に来たいと、のだめは急に言い出した。
のだめの部屋が汚いのはいつもの事だし、俺の家に来るくらい、別にそれはいいけど。

の だめの奴、何を考えているんだろう・・・?

「明日はリハがあるんだろ?」
「午後からだか ら、大丈夫デスよ」

のだめは言い募る。

「もう少し、お話がしたいんデ ス・・・」

ぎゅっとしがみつく腕の力は、そんなに強くはないのに何故だか逆らえない。
い や、ただ自分がそうしたかったのかもしれない。

「・・・分かった」

タ クシーに先にのだめを乗せる。

「広尾の・・・」

運転手に行き先を告げ ると、タクシーは夜中の街を滑り出した。
隣ののだめは、車の揺れに合わせて次第に眠くなってきたようだ。
こて ん、と俺の肩にのだめの頭が乗ってきた。

それを落とさないように、そっと腕を回す。

話 がしたいって言ったくせに、寝てるし・・・。

あどけない寝顔が、昔の記憶を刺激した。





**********





「お い、着いたぞ」

未だ熟睡中ののだめを揺り起こす。
眠そうに目を擦りながら、のだめが目を開 けた。

「俺の家、着いたから」
「あ・・・ハイ」

少 しふらつくのを支えてやりながらタクシーを降り、マンションのエレベーターを待つ。

「何か、先輩らしいマンショ ンデスね。シンプルで、どっしりしてる・・・」

のだめがキョロキョロしながらそう言った。
目 が大分覚めてきたようだ。

「ここが、俺の部屋」
「ほわ〜。先輩の匂いが・・・」
「嗅 ぐな」

くんくんと鼻を鳴らすのだめは相変わらずで、だからその頭を軽く小突いた。

「お 邪魔しマース」

トコトコと先を行くのだめを、リビングのソファに座らせる。

「何 か飲む?」
「お茶がいいデス」
「ん」

ケトルを火にかけて、棚からお茶 の葉を取り出す。
その間、のだめは部屋の中を珍しそうに眺めていた。

「ピアノ、ありマス ね」
「まあ、一応な」
「ソファは、赤いんデスね」
「まあ、何となく」
「広 い部屋デスね」
「ピアノ弾くから、あんまり狭いと響きが悪いし。お前の部屋だって、掃除すれば広いだろ?」
「掃 除すれば、は余計デスよ」

お湯が沸いて、熱いお茶を二人分淹れる。
冷えていた部屋も、次第 に暖まってきた。

マグカップを両手で包み込むように手にして、のだめがふうふうと息を吹きかけながらお茶を飲 む。

以前は当たり前だった、こんな時間。
それが目の前にある。
今、こ こが、パリのアパルトマンじゃないかと思わず錯覚していまいそうだった。
だけどそんな事はあるはずないと、俺もマグカップのお茶を 啜った。

「先輩、あの・・・」
「何?」

のだめが じっとマグカップの中身を見つめながら言った。

「断りマシタ・・・。リュカからの・・・」
「・・・ そっか・・・」

のだめは俯いたまま、顔を上げようとしない。

「お前が 話したかった事って・・・それ?」

のだめの様子を慎重に見ながら、俺は切り出した。

も しかしたら、のだめが何を選んだのか、今夜聞けるんだろうか。
タクシーの中で考えていた。

聞 きたい。
でもまだ先でもいい。

受け止めると言ったくせに、多分自分は怖いんだ。
の だめからの返事を聞くのが。

のだめは顔を上げた。
その表情は、どこか困ったような顔をして いた。

「先輩」
「ん?」
「のだめは、先輩が好きデス」
「・・・ うん・・・」

のだめが俺を見つめる。
俺も見つめ返す。

「ピ アノも、好きデス」
「うん」
「先輩の音楽も、好きデス」
「うん」

困っ たような顔が、だんだん崩れていく。

「のだめは欲張りで、わがままデス」
「うん」
「全 部、好きなんデス。それでも、先輩は・・・のだめで、いいんデスか・・・?」

大きな瞳に、今にも零れそうな涙を 浮かべている。
どうしてそんな風に泣く?

俺は、お前がいい。
お前だけ だ。

言葉の代わりに、今夜、想いを音楽に乗せた。
お前には届かなかった?

だっ たら・・・今、言葉で伝えてやる。

「俺はお前がいい。俺も欲張りで、わがままだから・・・お前も、ピアノも、音 楽も、全部・・・愛してるよ・・・」

のだめの瞳から、大粒の涙が伝っては落ちていく。
声も 出さずに、のだめは泣いている。

のだめの座っている前に跪いて、その涙をそっと拭ってやった。
涙 でゆらゆら揺れる瞳が、俺を捉えた。

どうしてそんな風に泣く?
俺の何かが、のだめを悲しま せているんだろうか・・・?

のだめの両手が俺に伸びてきて、頬を包まれた。
泣きながら、の だめが微笑む。

「先輩、大好き・・・」

そして俺の唇に、そっと触れる だけのキスをくれた。
そのまま俺に抱きついてきて、ぎゅっと首に腕を回される。

「のだ め・・・?」

そっと抱き締め返しながら、落ち着かせようとのだめの髪を撫でた。
俺の肩で、 のだめが熱い溜息を漏らす。

「どうした?」

のだめから、返事はない。
代 わりに更にぎゅっと抱きつかれた。

「のだめ?」

再び呼べば、肩から顔 を上げた。
のだめが俺を少し見下ろす形で、二人の視線が合った。

その瞳の色を、俺はよく 知っていた。
俺の瞳も、今、同じ色を宿しているんだろう。

そのまま、一瞬とも、永遠とも思 える時間が過ぎて・・・どちらからともなく、唇を重ねた。

何度も重ね合わせる内に、それは激しくなっていって、 深く深く、お互いの舌でお互いの口内を探りあう行為に変わっていく。

のだめの吐き出す息が、熱を帯び始める。
そ の吐息に誘われるように、俺はのだめの耳朶から首筋に唇を這わせていった。

びくりと跳ねる体をきつく抱き締め て、背中のファスナーを探し出すと、一気に引き下ろした。

もともと開き気味だったワンピースの胸元を更に開い て、手を伸ばす。
すぐに柔らかい膨らみに触れた。
のだめが俺の肩をきゅっと掴む。

肩 に口付けながら、どこもかしこも柔らかいのだめの体に触れていく。

その度に震える体と漏れる声が、愛おしい。

俺 が与える刺激に、のだめが背を反らした。
そのせいで露になった喉元に、吸い付くようにキスをする。

一 際高くなる嬌声。

ワンピースの裾から手を差し入れて、のだめの腿からヒップにかけてを撫で上げた。
俺 の頭を、のだめの手が、俺の髪を掻き混ぜながら抱え込む。

「せ・・・ぱい・・・」

乱 れた姿ののだめが、俺を艶かしく見下ろしている。

「も・・・止められそうにないぞ・・・」
「・・・ 止めなくて・・・いい、デス・・・」

のだめが小さく囁いた。
その言葉に、のだめを抱えて立 ち上がる。

「あっち、行こう・・・」

のだめが俺の首に腕を回す。
そ のまま寝室のドアを肘を使って開けて、のだめをベッドにそっと下ろした。

「あの・・・」
「ん・・・?」

の だめに覆い被さりながら、もどかしくシャツを脱ぎ捨てる。

「あの・・・こゆ事・・・久しぶり、なんデス・・・」

消 え入りそうな声で、のだめが恥ずかしそうに告げた。
それは、俺と別れてから・・・という事なんだろうか。

「せ んぱい・・・やらしい顔、してマス・・・」

のだめが腕の下で唇を尖らせた。

「・・・ これから、やらしい事、するからだろ・・・」

のだめの髪をかき上げてやって、額と、そして尖った唇に、そっと口 付けた。

「・・・優しく、するよ・・・」

泣き笑いの顔で、のだめが目 を細めて俺に手を伸ばしてきた。

もう二度と手に入らないと思っていた存在が、腕の中にいる。
そ の温もりと柔らかさを、再び確かめられる。

眩暈を起こしそうなほど、頭の芯からクラクラした。

焦っ て性急になって、傷付けたりしないように。
出来るだけ、そっと、優しく。

俺はのだめの手を 取った・・・。










部 屋の薄明かりに浮かび上がるのだめの体は、俺が知っているものと何ら代わりはなくて。
言いようもない愛しさとか、懐かしさとか、色々 な感情が胸に沸き起こった。

その白く滑らかな肌に、そっと触れていく。

の だめの肌は、触れると少しだけ冷やりとした。
多分、俺の方が少し体温が高いせいだ。
そんな事を、思い出した。

だ から俺の熱をのだめに移すように、小さな体をぎゅっと抱き締めた。

「んっ・・・はぁ・・・」

ひ とつひとつの刺激に、驚くほど素直に返ってくる反応。
それが嬉しくて、体中に口付けを落としては、その顔を窺った。

離 れていた体。
離れていた心。

やっと、取り戻せたんだ。
この腕の中 に・・・。

のだめは久しぶりだと言うだけあって、初めは体を硬くしていたけど。
悦びを思い 出し始めた体は、次第にゆっくりと開いていく。

「せん・・・ぱ・・・っ・・・や・・・」
「・・・ なまえ・・・」
「な・・・?」
「・・・呼んで・・・?」
「し・・・ちく・・・」
「・・・ う、ん・・・」

玉のような汗が、のだめからも、俺からも、滴り落ちる。
指と指を絡ませて、 目と目を合わせて、想いを伝えあう。

二人でひとつになる、至上の喜び。

言 葉にならない快楽が体の中心から沸き起こって、そして飲み込まれる。

のだめは切なそうに眉を寄せて、だけどその 瞳は悦楽で満たされている。
どこか焦点の合わない視線は、それでも俺を探していて、だからその手を取って口付ける。

恍 惚とした表情で、のだめが俺に微笑む。

そう、だ・・・。

これは。
自 分だけのもの。

もう、絶対に、誰にも見せない、触れさせない。

いつか の「イゾルテ」を思い出す。

誰よりも愛しい、俺のイゾルテ。
共に生き、共に死ぬ相手。

で も・・・「死」で結ばれたいとは思わない。

俺たちを繋ぐのは・・・「音楽」だ・・・。

お 前も、そう思うだろう?

腕の中で啼く小さな体を閉じ込めながら、自身をその内へと溶け込ませていく。

何 度「死」を迎えても、また生まれればいい。
真新しい俺達に、生まれ変わればいい。

「・・・ しん、いち・・・く、んっ・・・!!」
「・・・のだめっ・・・!」

より一層高く声を上げた のだめの体を力いっぱい抱き締めて。

俺も同じ場所へと昇りつめた・・・。











空 が白々としてきて、夜明けが近い事を教えてくれている。

そっと抜け出したベッドには、まだ規則正しい寝息を立て ている先輩。

拝借したシャツを羽織っただけでは、まだまだ肌寒いこの季節。
空には目を凝ら せばまだ星が瞬いている。

先輩は、凄く優しかった。
久しぶりに肌を、体を重ねあった時間 は、今まで離れていた時間を埋めるかのように濃密で。
とても、幸せで満ち足りたものだった。

先 輩は、私のトリスタン。
愛しい、愛しいトリスタン。

だけど私達は彼らのような「死」を望ま ない。
「死」をもって成就する愛なんて、要らない。

先輩は、言葉じゃないけど、そう言って いた気がする・・・。

なら、私達の愛は、何をもって成就するんだろう?

先 輩の傍に、ずっといたい。
この人と、ずっと一緒にいたい。

だけど、ただ先輩の隣にいるだけ の私にはなりたくない。
先輩と、同じ高さで音楽を見つめたい。
先輩と、対等でいたい。

た だ傍にいたい、そう思いながら、それと同じくらい、ずっとそう思っていた。

私は先輩が好き。
そ してピアノも、先輩の音楽も。

R☆Sを聴いて・・・やっぱりまた、強く、そう思った。

二 人の間にあるのは、音楽。

音楽が、私と先輩を結び付け、繋ぐ。
きっと、どんなに離れていて も。

先輩は、欲張りでわがままな私でいいって言ってくれたから・・・。

東 の空から朝日が顔を覗かせ始めた。
部屋の中に、朝日が一筋、差し込んだ。


――― 自分の気持ちに、正直でいんしゃい―――


ヨーコの言葉が頭に浮かぶ。
自 分の気持ちに、正直に・・・。

振り返って、またベッドに潜り込んだ。
今は、もう少しだけ甘 えていたい。

それを許してくれるかのように、先輩が私を抱き寄せた。
けれど、目を覚ました 様子はない。

無意識に伸ばされた手。

たったそれだけの事が、心から嬉 しくて、幸せだと思った。





続 く(written by びわ)