冬
のある日
レッスンを終えて外へ出ると、どんよりとした冬の空。
吹
きつけてくる北風はとても冷たいけれど、のだめと一緒だから
ボクの足取りは軽やかだ。
「今
日も寒いですネ。指がじんじんシマス…」
のだめは寒さで真っ赤になった両手の指先を顔の前で絡ませて、
はぁっ
と息をかけている。
白く曇った息がのだめを包みこんで、すぐに消えた。
「ほんと息も真っ白
だね」
そう話すボクの口からも白い息が立ち上る。
首もとを冷やさないようにマフラーを巻き
直した。
「リュカのそのマフラー、暖かそうですネ」
ママが編んだアラ
ン模様のマフラーを、のだめはうらやましそうに眺めてくる。
クルンとした黒い瞳にじーっと見つめられて、ボクは顔が熱くなった。
こ
んなに寒い日でも、のだめはボクを一瞬で温めてくれる。
「…よかったらママにのだめの分も頼もうか?」
「も
きゃーvv いいんですか?」
「もちろんだよ。そうしたらのだめとお揃いだネ!」
ママに
は、のだめにも同じマフラーを作ってもらおう。
完成したら2人でペアのマフラーをしてパリの街を歩くんだ。
恋人
みたいに手をつないで。
そんなことを思い浮かべながら、白くて長いのだめの指を目で追う。
あ
あ、手をつなぎたいな…。
ボクは大きく息を吸って呼吸を落ちつけてから、思いきって
「…
手、つないでもいい?」
と聞いてみた。
それはボクにとっては結構勇気がいる言葉だった。
な
のに、のだめってば。
「リュカも冷え性デスか?」
予想外すぎるよ、そ
の反応…。
「違うよ!ボクは…」
“のだめのことが好きだから”
そ
う言おうとしたのに、のだめがフワッと手をからめてきたから
言葉が続かない。
のだめの手はひんやりとしていて、
その温度差にドキドキする。
のだめはボクと目があうと、にっこりと笑った。
…のだめは、ず
るいや。
ほんとはわかってるんじゃないの?ボクの気持ち。
ふと、チョコレートショップの
ショーウィンドウに目をやると、
手をつないだボクらが映っている。
のだめが幼く見えるから、10もの年の差はあ
まり感じられない。
それはまるで恋人同士のようで、なかなかお似合いに見えた。
でも、幸せな時間はそう長くは続
かなくて…
「あ!」
向かいの通りを歩く背の高い人影を見つけて、のだ
めの目が輝いた。
「せんぱ〜い!!」
ボクとつないだ手はそのままに、
もう片方の手をぶんぶんと振る。
のだめに引っ張られるようにして、ボクらはチアキの元へ駆けよった。
チアキはボ
クたちのつながれた手にチラリと目をやったかと思うと、
すぐにのだめに視線を戻して、日本語で何かを話している。
ボ
クはなんとなく仲間外れにされたような気がして、肩を落とした。
冷たい風が一気にボクの心を氷らせていく。
の
だめと手をつないでいるのはボクのほうなのに、どうしてこんなに
疎外感を感じるんだろう。
ボクにはわからない言
葉のせい? いいや、違う。
手をつないでなくても、仕事で遠く離れていても、つながっている2人。
のだめを愛お
しそうに見つめるチアキの目は、おまえが入りこむ隙間なんて
ないんだぞ、とボクに語っているようで…。
つ
ないでいた指の力を緩めると、のだめの手は自然に離れていった。
「じゃ
あ、リュカ。また月曜日にネ♪」
のだめの言葉にボクはコクンと小さく頷く。声をだしたらなんだか
涙
がでそうだったから。
小さく手を振って別れると、のだめ達とは反対方向へ歩き出す。
…と、その時、低い声がボク
を呼び止めた。
「…リュカ、持ってけ」
振り返ると、何か黒っぽいもの
がボクのところへ飛んできた。
ボクがキャッチしたのは、彼が使っていた皮の手袋。
───…
寒くなんかないのに!
ボクはポケットに手袋を押しこむと、チアキにあっかんべーをして
家の
ほうへと走り出した。
のだめもチアキも、ボクのこと子供扱いして!
悔
しい。早く大人になりたい。そして彼らと対等になりたい。
こんな手袋、ゼッタイつけてやるもんか!
…
それでも帰り道はやっぱり寒くなってきて。
コートのポケットに手をつっこむと、さっきの手袋が指に触れた。
手を
冷やすのはよくないってママがよく言ってたっけ。
嫌々ながらも手袋を取り出してつけてみる。
それはとても温かく
て、ボクの心の中の氷をじんわりと溶かした。
チアキのサイズだから指先の布地が少しだけ余っていたけど
思っ
たよりは大きくなくてボクも成長してるんだな、と思う。
この手袋がぴったりになったら、のだめにちゃんと告白し
よう。
めきめきと成長してるから、きっとそう遠い未来ではないはず。
ボクに気を遣う余裕なんて無くなるほどチア
キを焦らせてやるから!
そうだ。中世の騎士がしていたみたいに、この手袋を投げつけて
決闘を申し込むのもいいか
もね。
だからこの手袋はそれまで返さないよ。
あ…でも、そうするとチ
アキの手はのだめが温めることになるのかな?
それは嫌だから、ママに頼んでチアキの手袋も編んでもらおうっと。
ボ
クはくるりと方向転換すると、ママ行きつけの手芸屋さんに走った。
fin
お
まけのギャグ風味です。
ここは手芸屋さん。季節柄、色とりどりの毛糸が山積みになってい
る。
のだめ用には、ボクのマフラーとお揃いのモスグリーンの毛糸玉。
それからチアキ用には…店内を見回してボク
はいいことを思いついた。
チアキの手袋は、このショッキングピンクの毛糸玉で作ってもらおう。
それで甲の部分に
赤い毛糸で“Chiaki”って編み込んでもらうんだ。
ピンクの手袋をつけたチアキを想像して、ボクはぷぷぷ…と笑う。
こ
れぐらいの仕返ししたっていいよね?
数日後。
「は
い、これママからのプレゼントだよ」
「ふおお…ありがとデス! ね、先輩見て下さいヨ〜」
の
だめのアパルトマンに出来たてのマフラーを持って行ったら、
運悪くチアキも一緒だった。ちぇ。
おもしろくないけ
ど、チアキの分もあるからちょうどいいや。
このママ特製ピンクのラブリー手袋をつけて恥をかくといいさ!
「…
で、こっちはチアキの分ね」
にっこり(ニヤリ?)と笑ってチアキに例の手袋を渡す。
案の
定、チアキは一目見るなり、白目になって黙りこんでしまった。
さあ、その手袋をのだめの目の前でつけ…
「ず
るいデス!!」
「へ?」
「先輩!それマフラーと交換してくだサイ!」
「の、のだめ?!どう
して…?!そんなダッサダサの手袋より…」
「ごめんなさい、リュカ。モスグリーンのマフラーも素敵ですが、
先輩
の名前が刻まれたピンクの手袋…しゅてきデス〜vvv」
特製手袋をつけて、うれしそうに頬に手をあてるのだめ。
代
わりにモスグリーンのマフラーをつけることになったチアキ。
ライバルとお揃いのマフラーをつけることになるなんて…。
こ
うしてボクの小さな仕返しは失敗となって終わった(白目)。
−
完−