■ いつか、言うから



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両 手にあったかいカフェオレを持って、ただいまボクは人探し中。
みんな思い思いの格好で座ったり、本を読んだり、眠ったりして過ごして いる昼下がりのコンヴァト前の公園。
いつもの芝生エリアのいつもの大きな木の下に、いつものように栗色の髪の彼女はいた。
い つものように楽譜の詰まったバッグを無造作に置いて、木にもたれながら足を投げ出して座る姿はボクから見たって子供みたい。
少し驚か せてやろうと、木の後ろ側からそーっと近づく。

『スキ、キライ、スキ、キライ…』

の だめは白い花を手に、花びらを一枚ずつちぎりながら日本語?で何か言っている。
"スキキライ"ってどういう意味なんだろ?
の だめの周りにはちぎられた白い小さな花びらが無数に散っていて、ずいぶん長い時間この行為に没頭しているのが分かった。

「のー だめ!」

カフェオレのカップをのだめの少し赤くなっている頬にそっと押し当てると、ボクがすぐ後ろまで来ていた ことに気付いて
いなかったのだめがビクッと身体を揺らして大きな声を上げた。

「ム キャー!!!」
「ご、ごめんごめん!ボクだよ、ビックリした?」
「…ほげー、リュカ。もう、ビックリさせないで くだサイ!」
「うん、ごめん。ハイ、のだめの分のカフェオレ」
「うきゅv ありがとデス」

暖 かなカフェオレを美味しそうに飲むのだめを見下ろしてから、辺りに散らばった花びらを簡単にどけて、のだめのすぐ隣に腰掛ける。
よく 見ると花びらだけじゃなくて、丸坊主にされた茎もいつくか落ちている。
一体どれぐらいこれに夢中になっているんだろう…?
さっ き聞いた日本語の"スキキライ"っていうのも気になるし…。

「ねぇ、のだめ。こんなにたくさん花をちぎって何し てたの?」
「ふぉっ、リュカ知らないんですか!?プププ、まだまだお子ちゃまデスネ!」
「ムッ…!お子ちゃま じゃないよ!」
「ハイハイ、そでしたネ。これはですねー、こうやって恋占いをしてたんデスv」
「もー。…で、恋 占い?」
「そデス。好きな人を思い浮かべながら、こうして花びらを1枚ずつ抜いていくんですヨ」

の だめはにっこり微笑むと、再び手元の白い花びらを"スキ"、"キライ"と言いながら1枚ずつちぎっていく。
…"スキキライ"って、一 つの単語じゃなかったんだ。

「ねぇのだめ、その"スキ"、"キライ"って日本語?どういう意味?」
「え と、"スキ"はフランス語の"好き"で"キライ"はフランス語の"嫌い"デス。ようは、相手が自分をどう思ってるか"好き"、
"嫌い "って唱えながら花びらを抜いていくんです」
「ふーん」
「で、最後の1枚が"好き"だったら見事両想いで恋が叶 うんですよ、ぎゃはぁ!!」
「……じゃあのだめがこんなにたくさん花びらをちぎってるのは…」
「は、は うぅぅ…。言わないでくだサイ…」

うっすらと涙目になりながら、唇をぷっくりと尖らせて再び花びらを1枚ずつち ぎっていくのだめ。

「すき、きらい、すき……ぎゃぼーーーっ!!」

ま るでこの世の終わりのような悲鳴を上げて、のだめはガックリ項垂れた。
手元の花は無残に花びらをちぎられて、残りは5枚。
あ、 そっか。
嫌い、好き、嫌い、好き、『嫌い』……。

「残念だったね、のだめ」
「ム キーーー!まだデス、まだ決まってマセン!次の花で再挑戦デス!」

手の中の花をポイッと投げて、新しい花を摘み に立ち上がったのだめ。
今度は少し離れたところで咲いているピンクの花を積んでいる。
もっと花びらの少ないのに すればいいのに、さっき以上に花びらの多そうな花。
なんて名前の花か知らないけど、これからのだめが満足するまで花びらをちぎられる んだからちょっと可哀相になってくる。

のだめが誰のことを思って花占いをしているか、聞かなくても分かる。い や、むしろ言って欲しくないし。
のだめはあんな風にこの占いの結果を一生懸命"好き"で終わらせようとしているけど、本当は…。
… 本当は二人が両想いだってことも、知ってる。
あのムカつく黒髪のアイツが、結構のだめを大事にしているらしいことも、知ってる。
の だめだって分かってるハズなのに、どうして今さらこんなことに一生懸命になるんだろう?

「むん、次はこのお花で チャレンジです!」

気合い十分といった面持ちで花を手に戻ってきたのだめは、さっきと同じボクの隣に腰掛けるや 否や、さっそく「好き、嫌い…」と
唱えながら1枚ずつ花びらをちぎっていく。
白い花びらの上に重なるように落ち ていくピンクの花びら。

「…ねぇ、のだめ。ボクにも1回やらせて」
「いいですヨー、はいど うぞv」

ニッコリと差し出された無傷の花たちから1本抜き取る。

「フ フ、リュカは誰を想って占うんですカ?」
「……ないしょ」
「えぇ〜!?内緒ってことは、リュカ好きな人いるんで すカ!?」
「いるよ。……でもないしょ!」
「ほえぇ〜、のだめ全然気が付きませんでした!ガコの子?それとも教 会の子?あ、劇でマリア様をやった女のコですか?」
「…ちがうよ。でも、多分みんな知ってるよ?」
「ぼへぇ!? みんな知ってるんですカ?じゃあガコの子ですね!ムキー!!誰ですか??」
「だから、ないしょ!」
「ケ チーーー!みんな知ってるのにのだめだけ知らないなんてヒドイです!!」
「……じゃあ、もしこの花びらの最後の1枚が"好き"だった ら教えてあげる」
「ほわぉv ほんとうに!?」
「うん、"好き"だったらね」
「プププ、" 好き"だったら両想い決定ですもんネv」


「じゃあいっしょに唱えましょう!せーの…」
「「好 き、嫌い、好き……」」


「あのさ、のだめ」
「なんですカ?」
「な んでもっと花びらの少ない花でやらないの?そしたらすぐ分かるのに」
「えー?この瞬間がいいんですヨ??どっちかな、どっちになるの かな、ってドキドキして。リュカもドキドキしませんか?」
「…うーん、そうかなぁ?ボクは早く分かった方がいいけど…」
「む ん、リュカはもうちょっと乙女心を勉強したほうがいいですネ!」
「えー?乙女心??ボク、男なのに?」
「男の子 でもデス!ドキドキとトキメキですよ、リュカv」

楽しそうに頬を染めて、肩をすくめププッと噴き出すように笑 う。
幸せそうな横顔。
…ドキドキもトキメキも、今感じているのに。
もしボクの花が"好き" で終わったら……。


「ささ、続きをやりましょう!いきますよー」
「……… うん」


「「好き、嫌い、好き、嫌い…」」

のだめ と二人で唱えながら、テンポ良く花びらをちぎっていく。
1枚ちぎるごとに動悸が早くなってくるのは、なんでだろう?
こ れがのだめの言う『ドキドキとトキメキ』?
…違う、これはそんなんじゃない。
ボクは……。

「ム キャーvvv見てくだサイ、リュカ!ついに出ましたよ!!」
「あ、ホントだ」

のだめの手に は5枚の花びらを残した花。
さっき"嫌い"で終わったから、好き、嫌い、好き、嫌いで『好き』だ。
満面の笑みで ひとしきりボクに自慢し終えると、小さな声で「好き、嫌い…」と唱えながら花びらをちぎって、
最後の1枚、『好き』だけを残した。
の だめは本当にうれしそうな顔で最後の1枚になった花びらを人差し指でチョンとつついた。
ボクとしては全然嬉しくない展開だけど、花を 見つめるのだめの表情があんまりにも可愛いから。
その笑顔が大好きだから。

「よかったね、 のだめ」
「ハイ!!頑張った甲斐がありましタ♪リュカは?どうなりました??」

ボクの手元 の花を覗き込むのだめ。
のだめより遅れて始めたから、ボクの花にはまだたくさんの花びらがついている。
ふわっと 漂ったのだめの髪の甘い香りに、なんだか胸がギュッと縮こまった。

「まだたくさん残ってるから分かんないや」
「じゃ あササッと抜いちゃいましょう!」
「…ドキドキとトキメキはいいの?」
「ぎゃぼ!じゃあ1枚ずつ想いを込めて抜 きましょう…」

ホントに子供みたいなんだから。
クスッと笑うと、のだめは照れたような怒っ たような顔でボクを見た。

…ボク、のだめのその顔もすごく好きだよ。


「「好 き、嫌い、好き…、あ!」」


手元にはさっきののだめと同じく5枚の花びらを残した花。
嫌 い、好き、嫌い、好き、『嫌い』……。
こんな占い信じてないし、別にどっちが出たって構わないとは思っていたけれど『嫌い』って結果 はやっぱり嬉しくない。
思わず溜め息が零れてしまった。

「…リュカ、落ち込まないでクダサ イ。もう1本やりますカ?のだめも付き合いマスヨ??」
「ううん、いいよ。ありがとう、のだめ」
「……リュカ。 まだ振られたワケじゃないですから、だいじょぶですヨ」
「うん、そうだね。…まだ気持ちを言うときじゃないってことだと思うことにす るよ」

ニッコリ微笑んで見せると、のだめは安心したようにホッと溜め息をついた。

「寒 くなってきたしそろそろ帰ろう。うちまで送るよ」
「ありがとデス。でも今日は先輩のおうちに行く約束してるカラだいじょぶです!」
「… そっか。じゃあメトロまで一緒に行こう」
「ハイv」

のだめは『好き』だけが残った花を大事 そうに手に持って、嬉しそうに歩く。
これからアイツにその花を見せるのかな?
ボクの大好きなあの笑顔で、アイツ に「好き」って言うのかな?

「それじゃリュカ、また明日デスv」
「うん、また明日ね。気を つけて」
「ありがとデス。リュカも気をつけて帰ってくださいネー」

のだめはボクに背を向け ると、嬉しそうに弾む足取りでホームへ続く階段を下りて行く。
アイツに会いに。
人ごみに紛れて、どんどん小さく なる背中。
こんな風にアイツに会いに行くのだめを見送るのは初めてじゃないのに、引き止めたくて。
ボクの大好き なあの笑顔を、ボクだけに向けてて欲しいって言いたくて。


「…のだめ!!」
「ほぇ?」

階 段に沈んでいく栗色の髪が見えなくなる寸前、ボクは大きな声を張り上げてのだめに向かって駆け出していた。
のだめは階段の中程で立ち 止まって不思議そうにこちらを振り返る。

「どしました、リュカ?」
「その花、千秋に見せる の?」
「もちろんデスv で、今日こそは『好き』って言わせてやるんです、プププ…vvv」
「あのね、のだめ」
「ハ イ?」


「ボク、のだめが好きだよ」
「………」
「す ごくすごく、好きだよ」
「………」


きょとんとしたのだめは、何も言わ ない。
のだめが何も言わないから、ボクも何も言えなくなってしまった。
ホームへと続く階段で、ボクは黙ってのだ めを見下ろす。
こちらを見上げるのだめは小さな女の子みたいで、早く背が伸びて階段じゃなくてもこうしてのだめを見下ろせる日が
く ればいいのに、とか関係ないことが頭をもたげる。


「…フフフ」
「……?」

「の だめもリュカが大好きデスv」
「え……?」
「弟みたいに大事に想ってマス」
「………」
「あ、 電車来ちゃうから行きますネ、待ち合わせに遅刻しちゃう」
「………」
「また明日デス」

コー トの裾をフワリと翻して、1枚だけ花びらの残ったピンクの花を手にのだめは階段を駆け下りていく。
呆然とそれを見つめるボクをホーム に着いたのだめが振り返って小さく手を振り、滑り込んできた電車に乗り込んでいった。



コー トのポケットに突っ込んでいた花を取り出す。
花びらは残り5枚。
最後の1枚は…『嫌い』。

こ んな占い、信じるわけじゃない。
そう、まだダメだったってだけ。

"…まだ気持ちを言うとき じゃないってことだと思うことにするよ"

さっきのだめに言った言葉を思い出す。
そう、まだ もう少し。


例えば、もう少し背が伸びたら。
例えば、もう少し手が大き くなったら。
例えば、もう少しボクが大人になったら。


必ず言うよ。
ちゃ んと、言うよ。



───のだめが好きだよ。



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