キスの続き
「ブ
ラヴォー!!」
ボクが一礼すると、大ホールに鳴り響く拍手とブラボーの嵐。
16の頃から本
格的に演奏活動をはじめて早5年目。
リサイタルをこなしてるうちに、オーケストラや指揮者から直々に
招かれるこ
とも増えてきていた。
今日のこのコンサートも、地元パリのオーケストラとの競演。
ボクはコ
ンマス、そして指揮者と握手をする。
ボクより5cmは背が低いその指揮者の名前はシンイチ・チアキ。
若手の指揮
者としては売れてるほうだけど、ボクに言わせれば
まあまあかな?
握られた手を、きつく握り返してやると、彼は
フッと笑った。
キザなやつ!ボクをまだ子供だって思ってるんじゃないの?
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「リュ
カ!とっても素敵でしたヨ〜vv」
「のだめ!」
楽屋を訪問してきてくれたのは大好きなのだ
め。
挨拶のハグをして頬にキスをすると、くすぐったそうに笑った。
ああ、やっぱり可愛いな。
気
を遣ってくれたのか、先に楽屋へ来ていたおじいちゃんとママは
のだめに挨拶をしてから席を外してくれた。
の
だめからもらった花束をテーブルに置く。
ボクは蝶ネクタイを外して、胸元のボタンをゆるめながら話しかけた。
「い
つこっちに来たの?」
「1週間ぐらい前デス。リュカに会えるのが楽しみで♪」
「うん、ボクもだ…」
「何
年ぶりになりますかね〜?メールはしてたケド」
のだめはボクより10も年上のはずなのに、まるで20代の女の子
のよう。
はしゃぎっぷりも、まぶしい笑顔も、全然変わっていない。
あの頃と違ってるのは背中まで伸びた髪と、少
し落ちついたメイク、
そして…
「お
腹、少し大きくなったね」
「アハ。さわってみマスか?」
のだめのお腹の中には、新しい命が
芽生えていた。
チアキとの…。
ボクはのだめと一緒に歩きたくて、ずっ
とずっと追いかけていた。
それなのにボクを待たずにチアキと結婚してしまったのは昨年のこと。
知らされた時は後
頭部を殴られたような気がした。
…ずっと好きだったのに!
やっとピアニストとして仕事をもらえるようになって、
1人前の男として
指揮者チアキと対等になれると思った矢先のことだった。
さっきまでピアノ
を弾いていたボクの指先が、のだめのお腹を撫でる。
のだめはリラックスしているのか、うっとりと瞳を閉じていた。
こ
うやってのだめのお腹にさわるのなんて初めてだ。
いつだってさわりたくて、欲しくてたまらなかった、のだめのぬくもり。
そ
れに触れる機会をくれたのがチアキとの赤ちゃんだなんて皮肉だね。
このぬくもりを力任せにでも手に入れたいと
思ったことは何度もある。
でも、それによってのだめの笑顔を失うことのほうがずっと怖くて、
一線を越えることは
決してなかった。
ふと鏡に目をやると、こうやってるボクとのだめは夫婦みたいだ。
あの頃と
違ってボクは背も高くなって、腕も足も指も長くなった。
声も低くなった。並んでいれば、お似合いに見えると思うんだ。
で
も、これからのだめと並んで歩いていくのはボクじゃない。
切なくて、そっとのだめの手をとると、すっかりボクの手のほうが
ゴ
ツく大きくなっていて…
「のだめ」
「ぼへ?!」
ボ
クはその手をつないだまま、キスをしていた。
いつもの頬への軽いキスではなく、とろけるように輝いている唇へ。
驚
いて硬直しているのだめをいいことに、もう1回…
「何やってるんだ、おまえら…」
「!」
2
回目のキスまであと数ミリのところで、ボクは我に返された。
後ろにいるのは怖〜〜〜い顔をしたチアキ。
さっきま
で格好つけてた指揮者の姿はどこへ行ったのやら。
彼は放心したままののだめをグイと自分のほうへ引き寄せると、
「…
人の奥さんに手ぇ出すなよ」
と、のだめに聞こえないように、ボクの耳元でボソッと言った。
“奥
さん”だって。なんだかムカつく…。
昔はあんなに「奥さんじゃねぇ」って言ってたクセに!
「最
初で最後のキスなんだから、これぐらい大目に見てよ。
あ、最初のキスじゃないや。それはもっと前にしたっけ…」
ボ
クの言葉に、チアキの表情がピクリとこわばる。
フフン、チアキはちょっとぐらい焦ったほうがいいんだよ。
「チ
アキ。まだボクのだめのこと諦めてないんだ♪」
「…はァ?!」
「泣かせたりしたら、すぐもらいに行くからね!」
「泣
かせるわけないだろ。それにアイツのお腹の中には…」
「あ。その時はボクの子として育てるから心配しなくていいよ」
「お
まえ〜〜〜!」
チアキに羽交い締めにされるボク、楽しそうに笑っているのだめ。
なぜだか一
瞬だけ、あの頃に戻った気がした。
のだめとじゃれあって、いつも一緒に遊んでいたあの頃。
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別
れ際、のだめがコッソリと声をかけてきた。
もうさっきのキスのことなんて忘れたかのように。
「リュ
カ。のだめが活動再開したら、一緒にコンサトして下さいネv」
「こっちこそお願いするよ!」
差
し出された小指に、ボクもそっと小指をからめる。
眉間にしわを寄せたチアキが睨んでるけど、見ないフリ。
「ね、
誰かがボクのこと、しぶといって言ったの覚えてる?」
「?? フランクあたりデスかね?」
何
の話デスか?と疑問顔ののだめに、ボクはさらりと言った。
「またキスしようね、って意味だよ」
の
だめは大きな目をさらにパチクリとして、頬を紅潮させる。
最後のキスだなんて、あんなの嘘に決まってるじゃないか。
ま
だまだ、これからだよ。
人妻のほうが燃えるって、このまえ共演した指揮者(※松田さん)が
言ってたしね。
もっ
とピアノをがんばって、のだめとのコンサートを大成功させて
チアキからゴールデン・コンビの座を奪うのもいいかもしれない。
そ
していつかきっと、あのキスの続きをするんだ。
ボクはしぶといから、覚悟しといてよね!
fin