『今 宵の獲物 ― 被害者 奥山真澄の場合』





R☆S オケの打ち上げという名目の飲み会。

わたしは、明日の午前中から新都フィルの練習が入っていたので、酒量を抑え つつ、テーブルの端から騒ぐメンバーを眺めていた。

ふと、珍しい人物がわたしの隣にやって来た。

「よ、 飲んでる?」

形ばかりの社交辞令を投げかけて、灰皿を引き寄せて煙草に火を点ける。

そ の男――松田幸久。


いつも纏わりついてるコンマスは?と辺りを見渡すと、座布団を抱えて畳 の上でのびていた。
側に空のボトルがいくつか転がっているところを見ると、恐らく、松田さんに潰されたのね。

自 由になって、女性陣の輪に入るために、高橋を潰したんじゃないのかしら?
まあ、高橋を負かすだけの量を、松田さんも飲んでるのだか ら、一休みしないとキツいのかもしれないけど…。


松田さんは紫煙を燻らせながら、息を吐く と、ふいに話かけてきた。

「前々から疑問だったんだけどさ、奥山は女に興味ないの?」

「… はいぃ??」

思わず声が裏返る。
突然、何を言い出すのかしら…。

“わ たしは千秋さま一筋なの。”

普通ならこう返すんだけど、松田さんだと変にツッコミ入れてきそうで、怖いわ。

「え え、まあ……?」

とりあえず、曖昧に流して、おつまみのさきイカに手を伸ばす。

「へぇー、 それマジ?じゃあさ、ああいう、露出度の高いカッコ見ても、何もこないわけ?」

そういって、松田さんは、ちょっ と離れた席にいた女に目をやった。

女は、この場所には不釣り合いなほどのミニスカートに胸元を強調する派手な出 で立ちで、いかにも松田さんが好みそう。

香水の匂いがぷんぷんと漂ってきそうで、わたしは嫌だけど…。


し かも、“くる”って何よ。万年発情期なのかしら?

でもまさか、あの若手ナンバーワンと謳われた指揮者、音楽界の 先輩にそんなことは言えないから、

「…何が来るのかしら?」

敢えて呆 けてみた。


「おいおい、とぼけるのかよ。まさか高橋みたいに、男の裸が好きだとか言わねえ よな。」

そう言われることが満更でもないんじゃないかと思えるほど、やたら楽しそう。


も う、早くどっか行って欲しいわ。


「あ、それともアレか?ああいう色気のある女より、可愛い 子がタイプか?あ、ほらあの、何ていったっけ?千秋の彼女、」

「は?…ああ、のだめ、」

うっ かり反応してしまったけど、失敗したかしら…。


「あー、そうそう、のだめちゃん!あんな子 どう?」


どう?って…、ねぇ……?

「……あんな ヒョットコ娘、どうもこうもないわ。」

「ふぅーん、つまんねえ。でも、のだめちゃん、俺のトイレ覗く変態なくせ に、意外といい体してるんだよな。」

「…ぶほっ、ゴホッ、コホン…」

なっ、 何いってんのかしら…。

っていうか、松田さん、のだめにトイレ覗かれたの?
いや、覗くのだ めも、のだめだけど…。

松田さんは、何を思っているのか、ニヤニヤと笑いながら、わたしの耳元に顔を近づける と、

「童顔のくせに、Dカップって、どう思うよ?」

「…なっ、」

“何 で知ってんの!?”と、うっかり言いそうになって、慌てて口をつぐんだ。

松田さんは、クックッとお腹を捩らせて 笑っている。


もう勘弁してほしいんだけど…。

わ たしは居たたまれなくて、焼酎を煽った。

「なんだ、奥山、いけるんじゃん。」

松 田さんは、加え煙草でニヤニヤしながら、わたしの空になったグラスに並々とお酒を注ぎ足してきた。





――― 翌日、

ひどい二日酔いに悩まされながら、オケの練習に参加したことは言うまでもない。

こ の恨みは忘れないわ。


……あー、頭いたい。




end