【松田幸久という 男】



―― 松田幸久 ――

パ リのルセール管弦楽団の常任指揮者を6年間務め、帰国後Mフィルの正指揮者となった
若手ナンバー1の人気指揮者。
千 秋曰く変な人なんだろ?って言うけど。
クールで格好良くて、控えめで・・・ああいう風に歳を取れたらずげーいいよなって俺は思うんだ ☆


「そこ、ヴァイオリン! もうちょっと表現豊かに!」
「違う! 今 の所もう一回!!」


一度指揮棒を持てば男前。
当然だが千秋とはまた違 う表現方法で、厳しいながらも大人な・・・
さすが場数を踏んできただけあるなって。
R☆Sの皆からは評判も上 場。

千秋、いい指揮者を探してくれて本当に感謝だぜ!!


俺 の中での松田さんは完全にいい男ナンバー1だった。



*****



ガ ラガラガラ――

「いらっしゃ〜い! あ! 松田さん、いつも龍太郎がお世話になってます。」
「い えいえ、こちらこそ。彼はムードメーカーですからオケにとって貴重な存在なんですよ。」
「ありがとうございます!! ・・・・・・ おーい! 龍太郎! 松田さんがお見えになったぞ!」
「あー? んな訳ねーだろーー? ・・・・・・・・・うわっ、」

「よぉ、 峰。」


本当だ、松田さんだ。

無駄に爽やかな笑 顔、何も計算など感じられないそのまっすぐな美しい瞳。
高橋くんの気持ちもちょっと分かるかなって思ってしまうくらいの、大人な魅力 を持ち合わせる
松田幸久という男。


「い、いらっしゃいませ。なんで松 田さんがこんな店に?」
「いやー別に。ちょっと聞きたい事があってさ。」
「・・・? 俺にですか?」


あぁ、 と言いながら腰掛けると松田さんは店内のメニューをぐるりと見回した。
ブツブツ何かを呟いているのが厨房にいる俺の耳にもうっすらと 聞こえてくる。

俺は心底驚いた。
何がって、ココは俺の家・・・裏軒だからだ。
ま さかこんな中華屋に、パリに6年もいたあの貴公子松田さんが来るとは思わなかったから。


「な んにすっかなー。」


きっと次期コンマス候補である俺と、今のうちから交流を図ろうと・・・ そういった魂胆だな!?
さすが先を見越す男、松田幸久だぜ☆(大きな勘違い)
やっぱり注文するのは千秋のよう に、クラブハウスサンドとエスプレッソなんだろうな。
注文のある前から、それだろうと勝手に決め付けこっそり用意していると。


「じゃ、 レバニラグラタンランチ。大盛りできる?」
「はいよー。レバ・グラランチ大盛りねー。」
「・・・・・・」


な んか、ちょっとショックだった。
松田さんがレバニラとか。
ましてや大盛りとか。
絶対に食わ ないだろうなーと思ってたし。
いや、これは俺の完全なる思い込みであって、偏見だろうから口にはしねーけどよ。

松 田さんの席に水を持って行くと、待っていましたかとばかりに俺にちょっと座れよと言ってきた。
松田さんの顔は、さっき店に入ったばか りのそれとは違う・・・・・・
誰かを陥れたいとでも思っているのか、口角を上げた口元はニヤリと薄気味悪い笑顔を作り出している。
自 分のプラスになるような情報でも得ようとしている事は明らかで、ギラギラとした視線を俺に送る。
その変貌振りは明らかでそこから逃げ 出したいと思う程。
水をコクリと口に含むと、松田さんは俺を見据えて話し出した。


「千 秋、指揮者コンクールで優勝したんだってな。」
「あ、そうらしいですね。」


やっ ぱり千秋の事かって、何となくこの松田さんの雰囲気とタイミングでそう冷静に判断できる俺は
コンマス向きだろうと本気で思う。(どう しようもない勘違い)

ここはやっぱり松田さんは千秋を褒めたいんだろう。
とするなら ば・・・・・・


「やっぱり、嬉しいですよね! 今度新しいメニュー考えようって・・・ なぁー、おやじ!!」
「おう! 千秋先生の為なら新メニュー開発の時間は苦にならないからなー。ハハハ!」
「・・・・・・ ふーん。」
「・・・?」


あ、れ?
反応がイマイチ だったな。
そういう反応を俺に求めていたのではないのだろうか?


「あ、 千秋が優勝した時の写真、のだめが送ってくれたんですけど見ます?」
「のだめ?誰それ。」
「大学時代の友人で、 千秋と一緒にパリに行ってるんですよ。はい、これがその優勝の写真ですよ。」
「あー、別に興味ないけど・・・・・・まぁ暇つぶしに ちょっと見てやるか。」
「・・・・・・」


千秋の優勝した写真を見て、 先輩らしい感動的な一言が放たれるだろうと俺は思っていた。
いや、信じていたと言った方が正しい。
例えば、千秋 良くやったよな、とか。
散々苦労したんだろうな、とか。

しかしその直後、松田さんの良いイ メージを払拭するような一言が放たれるとは思いもしなかった。


「けっ・・・・・・お坊ちゃ まめ。」
「は?」
「大体俺だって一位とったし。こんなの、一位とって当然。」
「そ、そうな んですか?」
「ハッキリ言って俺のライバルにもならないな。ハハハ!」
「ライバルって・・・・・・まだ千秋はデ ビューもしてないんですから・・・・・・」


こ、この人って。


「あ、 油性マジックある? これに俺のサイン書いてやるよ。」
「何で松田さんの!?」
「うそ、うそ。ちょっと貸し て。」
「? ・・・・・・・・・はい、どうぞ。」


キュッ キュッ  キュ〜


「ちょ!!! 松田さん!! なんてことするんですか!?」
「えー?  千秋に無精ヒゲ。ハハハハハー!」
「あんたって人は・・・・・・」
「ついでにこいつ(←ジャン)にも書いちゃ おう。」
「っていうか、それ。1枚しかないんですけど。・・・・・・あの、聞いてます?」
「この背の小さい奴 (←片平)にも。頭でかくすれば背ものびるぞーー」
「・・・・・・・・・」
「ギャハハハハハー!!」


こ の人って一体。


「千秋のいじり具合が足りないなー。」
「っ・・・・・・ もう十分です!! ペン返して下さい!!」
「よし、黒いズボンは黒いスカートにしてやれ。千秋の髪をロングにしたらどうなる?」
「オ イ・・・・・・」
「あれー? おかしいな、以外とキレイな女の人に変身しちゃったよ? でも、無精ひげ生やした。
ギャ ハハハハハー!」
「・・・・・・」


俺の貴公子松田のイメージが、ガラ ガラと音を立てて崩れていく。
この人、マジで子供だろ。


「あはははは はー! 上出来! ひぃぃぃー腹イテぇー!!」
「ま、松田さん・・・」
「あの坊ちゃまにはコレくらいで丁度いい だろ。ホレこれを飾っとけ。目を引くぞー!」
「結構です。」
「いつまでも貴公子ぶってるなって言うんだ。」
「あ、 あの・・・やる事大人気ないですよ?」
「ナニ・・・?」
「い、いいえ。なんでもないです!」


くっ そー!!!!!
のだめが先日手紙でわざわざ送ってくれた生写真だったのに・・・
あとで、もう一回のだめに頼むし かねぇ。


「ところでー。千秋ってーー彼女いるの?」
「・・・・・・そ れ聞いてどうするんですか?」
「あいつのものはオレのもの。」
「はぁ!?」
「いるのか、い ないのか。どっちだ?」
「いるような、いないような。どっちでしょう?」
「なんだそれ。」
「そ ういう位置づけなんですよ。」
「一人の女もモノに出来ないなんて、まだまだあいつも青いなー。ハハハ!」
「そ、 それとはまた違うと思うんですけどね。」


俺が深い溜息を吐いてると、親父がドンとテーブル にレバ・グラランチを置いた。


「へい。おまち・・・・・・大盛りね・・・・・・」
「お!  きたきた♪」


ナイスタイミングで俺としても助かったぜ。
これ以上の だめの事を根掘り葉掘り聞かれるのだけはゴメンだからな。
親父のするどい視線には目もくれずにレバニラを頬張る松田さん。
きっ とこの人のこういう図太い神経が、若手ナンバー1と言われる程この人を成長させる事に
なったんだろうな。
だから と言って、俺はそんな大人にはぜってぇーなりたくねぇけどよ。


「あーうまかった! 今日は 未来日記には書いてなかったけどいい一日だったなぁー。峰サンキュ。」
「はあ・・・・・・」


松 田さんはよく分からない事を言って、また来るからと高笑いしながらて帰って行った。
この事は・・・裏軒史上一、二を争う程のダメージ を受けた出来事だったと言えるだろう。



*****



綺 麗に平らげられたレバニラの皿を片付けながら、親父がボソっと俺に呟く。


「おい、龍太郎。 塩まいとけ。」
「おう。」
「千秋先生の顔に落書きなんて。十万年早いんだよ。」


「お、 おやじ・・・出刃包丁はちょっと置け。」



「もう、二度とあの人を呼ぶ な。」


っつーか、俺が呼んだんじゃねぇーよ。
R☆Sの指揮者だぞ?  勝手に来られたら拒めないだろ。

大体指揮者ってなんだか可笑しい奴ばかりだな!?
変態をパ リにまで連れて行った、千秋も含めてな。


こうしてこの日以来、俺の松田さんを見る目は 180度変わる事となった――



(おわり)