『撫 子の君』(前編)



ここはウィーン。ラディソン SAS パレ ホテル ウィーンのレセプション会場。

19世紀に建てられたいう宮殿を改装したこのホテルは、外装や内装は文句 のつけどころがないほど重厚で優雅で、さすが五つ星の貫禄のあるホテルだ。

また、リング通りに面していて近くに は劇場や美術館があり、黄金のヨハン・シュトラウス像で有名な市立公園も隣接していて、まさに音楽家にはもってこいの場所だ。

 

オ レはウイーンに拠点をもつあるオーケストラの創立記念パーティーに出席している。

パーティーの面々を見ると、音 楽界の重鎮と云われている人や若手音楽家、音楽評論家や企業家や政治家など多くの人達が集まっている。

一緒に来 ていたビアンカは知り合いがいるから(どうやら恋人らしい)とオレから離れ、見知っている奴らと当たり障りのない話をしていた。

 

話 を終え少し移動すると、ひとだかりのむこうに女性を見つけた。

アジア系か?でも何だか日本人のような・・・他の 外国人女性に比べれば小柄だがスラッと伸びた背筋、ピンクのベアトップドレスからは白くて華奢な肩がむき出しだ。豪華なレースのドレスの胸下には同じ色の シルクのリボンがあり、彼女を一層女らしく見せていた。

そして首にはまばゆいばかりのネックレスが。

髪 をまとめていて白くきれいなうなじにクラっときた。

 

・・・ なかなかいい女じゃないか。ここはひとつ・・・

 

オ レの近くにいたボーイから赤ワインをふたつ受け取ると、彼女へ近づいた。

 

「き み、もしかしてにほん・・・げっ!」

 

久しぶりに 日本語を聞いたであろう、彼女が振り向いたときオレは驚いた。

 

「なっ・・・ 何でキミが!こんなところに・・・」

「むじゃ?えっと・・・誰でしたっけ・・・あっ!千秋先輩のうちで会った、 トイレで・・・ぶごっ」

{こら!こんなところでそんなこと言うなよ。松田だよ。松田幸久。なあ変態ちゃん}

 

オ レは慌てて変態ちゃんの口を抑えた。こんな場所で大きな声で言うなよ。

彼女はオレがまだ口を押さえているので苦 しくなってきたらしく、顔が赤くなってきた。

 

「ふ あ・・・はあ・・・はあ・・・変態ちゃんじゃありません!のだめです。野田恵だからの・だ・め」

「ふ〜ん。で、 そののだめちゃんがどうしてここにいるの?千秋も一緒?」

 

彼 女がここにいるなら当然千秋も来ているはずだが・・・でも見かけてないな・・・

 

「千 秋先輩は来ていません。先輩今客演でスイスに行ってますから…」

「えっ!?じゃあ、君一人で来たの?」

「い いえ。連れてこられたんです。っていうか・・・拉致されたっというか・・・」

「はあ?」

 

彼 女があの人ですと指差す方は、一際ひとだかりができている。よく見ると・・・

他の人とは醸し出すオーラが違う。 音楽業界の人間は誰もが知っている。

―世界のマエストロ、フランツ・フォン・シュトレーゼマンー

 

あ の人が連れてきたのか。まあ、弟子抜きで弟子の恋人を連れてくるなんて、さすが女好きの巨匠だ。

 

「ガ コ帰りにばったり会って、ゴハンを御馳走してくれるからって来たんですけど、まさかウィーンまで来るとはのだめも思いませんでした」

「だっ て、学校ってコンセルヴァトワールだろ、パリの?パスポートは?」

「むきゃ、そういえばそうですね。ミルヒーの 自家用ジェットで来たのでよくわかりません」

 

首 を傾げて不思議がる彼女。でも、まっいっか。千秋がいないなら彼女にいろいろ聞けるし。

それに、この前はオレも 酔っていたからあんまり覚えてないけど、結構可愛いじゃん・・・

大きなクリックリッツとした瞳に端正な顔立ち、 瑞々しい果物のような赤い唇。胡桃色の髪は束ねられ、おくれ毛がなんとも艶っぽい。

それに、ベアトップのドレス で強調されてはいるが、胸デカイよな・・・

ウエストもキュッと引き締まってて、膝丈の裾からは長くて細い脚 が・・・そそられる。

何が普通の女だ、千秋。結構いいもん持ってるじゃん変態ちゃん。あいつ以外とムッツリか?

で も外見は上等だが、中身は変態だからな・・・

一時限りの相手なら十分か。あいつの悔しがる顔見てみたいし・・・

 

「まっ いっか。せっかくこんなところで再会できたんだし、記念に乾杯しようか」

「ん〜何か退屈しのぎの相手みたいなて きとーな感じもしますが・・・」

「あっそ、それじゃ〜」

「あ ――――!!待って下さい!のだめドイツ語さっぱりで、何言っているのかちんぷんかんぷんなんです〜。こんなかよわい乙女を一人置いて行くんですか?」

 

目 に涙を浮かべてオレの腕にしがみつく彼女。そんなことされても・・・」

 

「分 かったよ。じゃあ、ちょっとだけな?」

「うきゃー、よかったです。最初はミルヒーと一緒にいましたが、はぐれて しまって。それに知らない男の人達が話しかけてくるんですが、何を言ってるのかさっぱり…」

 

お いおい、それはナンパじゃないのか?(オレも同じようなことをしようとしたが…)

彼女は自分がモテるという自覚 がないのか?さすが変態ちゃん。

千秋も苦労するな。こんな無自覚な彼女で…

 
            (『撫子の君』後編に続く)