one day


 n-side

  「あ…っ。」

 突然足元がぐらりと揺れると、今見ていた景色が横向きに変わった。広葉樹の並木道も、自転車に 乗った小さな子供も、水が吹き出ている噴水の水しぶきも…。 いや、景色が変わったんじゃない、私が変わったんだ。正確に言うと『倒れ ている。』って事なんだけど…。
 ガシッ。自分の状況を上手く把握できないうちに強い力で腕を掴まれ、次の瞬間暖かい存在に包まれ た。
 「大丈夫?」
 ふっと目の前には澄んだ青い瞳が大きく大きく見えた。

  「リュカ。」
 さっきまでずっと、一緒に歩いていたんですよね…。

 「もう、危なっかしい んだから。いい大人のくせに、こんな所歩きながらスキップしないでよ〜。」

 半分呆れたような、からかっている 様な口調で話すのはいつもの事なのだけど、
 
 でも…なんだか違います。


  腕を抱えている手は私の手よりも大きくて、話しかける声がずいぶん低く落ちついたように聞えます。そして、何より、その声が私の斜め上から聞えてくるんで す。彼の大きな瞳は見上げないと見れなくて、私の身体は彼の身体の中にしっかりと包み込まれているんです。
 
  そして、今まで感じていた甘いパイのような香りではなく、ほろ苦い深い森の中のような香りを腕の中で感じているんです。

「ど うしたの?」

 リュカは私の顔を覗き込むと…、ふっと腕が緩みました。

  あ、のだめ、赤い顔しているのがバレちゃいましたね…。
 
 
 どうしてなんでしょうね。今 まで、普通に一緒にいて、一緒に遊んで、一緒にピアノ弾いて、手を繋いだり、ハグしたり、ビズしたり、平気にしていたのに…。リュカも何だか顔赤いよう な…。

 「…いつの間にか大人になりましたね〜。」

 私の感じていた 事を、何とか言葉にしてみました。

 「そ、そう?…別に何も変わらないよ。」

  何だか、妙にぎこちなくなって…へんな二人ですね。と、言うより、のだめが変なんですね。
何でこんなに心臓がドキドキするんでしょう かね。

 「そんな事ないですよ。のだめも思わずドキドキしちゃいましたよ。」

  そう言ったら、リュカは顔中真っ赤になって目がまん丸になっちゃいました。ぷぷぷー。その顔が余りにも見事なので、噴き出してしまいましたよ〜。

  「リュカ、たこみたいになっちゃっていますよ。」


 「もう、からかわないでよー。」
 
  リュカはこっちを見ずにスタスタ前を歩いて行っちゃいました。照れているのかな?

 「からかってないですよ〜。 待ってくださ〜い。」

 
 リュカの腕をふっと掴むと身体の熱が伝わって きた。顔の表情は見えないけど何となく想像できますね…。

 「やっと追いつきました。」
 
  くるりと振り返ったその人は、頬を赤く染めちょっと困った表情(かお)をしていた。

 

 

  l-side


  その女(ひと)は跳ねるようにいつも歩く。いつもボク は危なっかしいな〜って思うんだ。。
今日だって、なんでわざわざ歩きにくい場所を歩くんだろう。細くてちょっと段になっている縁石の 上を、バランスとりながら鼻歌を歌って歩いている。子供じゃないんだから…。

 「あっ…。」

  その瞬間、見慣れたその人は足元を踏み外し斜めに倒れていく。ボクは咄嗟に彼女の二の腕を掴んだ。
えっ…?掴んだ細い腕の感触に驚い た。それでもバランスを保てなくて、力を込めてボクの胸の方に引き寄せた。

 ボクの身体の中に彼女がすっぽり入 り込む…。抱きしめられる、簡単に。
こんなに華奢で温かく柔らかいんだ…知らなかった…いや、知っていたはずなんだけど…。

  「大丈夫?」

 そう、ボクが声をかけると、のだめはブラウンの真ん丸な瞳を真っ直ぐにボクに向けた。
 
… ドキッとした。
 
 いつもの、のだめじゃない。いつもボクをみつめる目とは違う。これは、どういう事?
 
  「リュカ…。」

 「…もう、危なっかしいんだから。いい大人のくせに、こんな所歩きながらスキップしないでよ 〜。」

 のだめの声で我に返り恥ずかしくなったので、ちょっとふざけた口調でしゃべってその場を誤魔化した。で も、いつもみたいにすぐに言葉が返ってこなかったので、少し身体を捻って顔を覗き込んだ。「どうしたの?」

  あっ…、鼓動が早くなった。自分の耳元までドクドクと聞えてきそうだった。

 のだめの頬がほんのりと赤くなって いた。白く滑らかな肌が色づき始めた桃のような感じでほんのりと…。そして、瞳が…茶色の瞳が少し潤んでいた。思わずボクは身体を離した。鼓動や、体温 や、汗が感じられないようにしないと…。

 
 別に望んでいるわけじゃないんだよ。

  彼女への想いは、正直どんなものなのかよくわかっていない。彼女には恋人がいて、彼女はその男の事がとっても大好きで…よくわかっているつもり。だから、 二人の間に入り込もうと言う思いは、これっぽっちもないんだ。
  ボクの想いは淡い初恋の一ページに過ぎなくて、新たな出会いがあれば風化してしまうのかもしれない。でも、一緒にいるのが楽しくて、会う約束をすればその 時を心待ちにして、彼女の笑顔をみると心が弾んで…そんな自分の気持ちに正直にいる事は…いいよね。構わないと思うんだ。
 心のまま に、ただ、心のままに…。

 …でも、

 もしかして…

  のだめは今…

 ボクを一人の男として意識している
 
 …の、かな…?


 
  ボクはずっと望んでいた。

 早く大人になりたかった。背が高くなり、手が大きくなり、力も強くなり、声も低く響 くような大人の声になって、もっとたくさんの音楽を奏でられるようになり、口にする言葉も重みが出て、人の心の中に留まるように、心を震わせることができ るようになる事を…。

 そして、その望みが…

 もしかしたら、

  やっと、この手に…。


 
 「いつの間にか、大人になりましたね〜。」

  「そ、そう?…別に何も変わらないよ〜。」

 だって、自分ではまだよくわからないんだもの…。今日のボクと昨日 のボクはずっと同じ。一昨日のボクも、その前のボクも、ずっと同じ。ボクの中身は何も変わっていないんだよ。

 
  でも…ねえ…のだめ。…ならば…もし…今のボクが…。

 

 のだめは 黙ったまま、ボクの方を真っ直ぐみつめている。その瞳が少し潤んでいて、それがとってもきれいで…。
気がつくと、ボクはゆっくりと手 を彼女の腕に向かって伸ばしていた。震えながら…。
ちょと待って。ボクは一体何をしようとしているんだ?
 
  どっくん、どっくん…。


 「そんな事ないですよ〜。のだめも思わずドキドキしちゃいました よ。」
その女(ひと)は頬を赤らめ少しうつむいた。それがスローモーションのようにボクの目に映る。

 … 思わず固まってしまった。


 血管が破裂しそうなくらい心臓の鼓動は早くなって、身体中が熱 くなり、全身汗が吹き出てきた。思考が止まって、頭が真っ白。身体はそのまま動けなくなってしまった。顔が…自分でも真っ赤なのがよくわかった。

 

  「ぷぷぷーっ。リュカ、たこみたいになっちゃっていますよ。」



 空気 が一気に変わった。と、言うか元に戻った?それと同時に恥ずかしさで居ても立ってもいられなくなってしまった。…早く、この場から去りたい。

  「もう、からかわないでよ〜。」
弱々しくそう言うと、前だけみつめてひたすら歩いた。情けないな。イザと言う時は何も出来なくっ て…。
そんなボクの気持ちを彼女は知らない。

「からかってないですよ〜。待ってくださ〜 い。」
後ろから優しく掴みかけてくる彼女の手がとっても冷たく感じた。


 
    *************************
 

 


  駅へと降りようとしたその時、のだめの携帯電話が鳴った。
 「あ、アロー…千秋先輩?」

  恋人からの電話か…。盛り上がってきた気持ちがやっと落ち着いて、ちょっとほっとしたような気がした。もちろん、落胆するようなキモチも否定できないけ ど…。

 「あ、リュカ。千秋先輩と食事して帰る事になりました。のだめはここで。また明日ですね。」
  「うん。じゃあ、また明日。」

 花が咲いたような笑顔の彼女に見送られながら、ボクは階段を一人で下りていっ た。


 


 おまけのc- side

 それはたまたま偶然だった。のだめの学校の近くに仕事でたまたま用事があって通り かかった時であった。中途半端な時間だったので、まさか会うとは思わなかった。
 見慣れた歩き方をするおかっぱ頭の東洋人。子供みた いに縁石に乗って、フラフラと歩いている。
のだめ…って呼ぼうとした瞬間、彼女はバランスを崩し倒れかけた。そして、横にいた男が彼 女を抱きとめた…。
 
 …って誰だ、あの男。見たことないぞ。いや、あるような…。

  あ、あいつだ。いつぞや目を輝かせて、のだめを朝迎えに来ていた男だ。…って、随分雰囲気が違うぞ。成長したのか?そんなに時間が経っていたっけ?この前 はただの子供に過ぎなかったハズなんだが…。
 なんて言うか、こう、男になっているって言うか…。

 …っ て言うか、いつまでくっついているんだよ。

 で、何でそっと近づいて様子伺っているんだよ〜、俺。

 っ て言うか、なんだよこの雰囲気。

 あいつ、えっと、リュカとか言ったっけ?名前だけなら何度か耳にしたぞ(黒木 くんやフランクとかからも聞いた事がある)。何歳(いくつ)なんだよ、あいつ…。
 
 そういえば、成長期に発す る色気って言うものがあるらしくって、俺も年上の女にやたらと言い寄られた時期があったっけ…。

 …って、あい つもその時期か?!

 ここからじゃあ、のだめの表情まで見えないな〜(ちくしょ)。あの時はガキだって高をく くっていたけど、あいつって結構…モヤモヤ(以下、永遠に続く)。

 
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 「あ、ア ロー。」
 「もしもし、俺。」
 「千秋先輩?どうしたんですか?」
 「ん、今どこ?」 (知ってるけど…)
 「がっこの帰りです。今から電車に乗ります。」
 「今、そこの近くなんだ。これからメシで も食いに行かない?」
 「ふおお〜。はい、行きます。あ、でも、のだめお金あまりありませんよ。」
 「そんなの 今に始まった事じゃないだろ。いいよ、奢る。」
 「むっきゃ〜(喜)。行きます、行きます。」



 
  お粗末さまでした…汗。しかし、私って…が多いのね。頭の中では14,15才の設定です(コンセルヴァトワール3年目ですね)。15歳までって小児科にか かれるのですが(日本の話)、成長の早い子はすっかり大人の体格なんです。薬局で仕事をしている時、なぜ15歳で小児科で大人量なんだ?って思って本人に 会ったら、自分より背の高い(イケメン 笑)男子で驚いた経験あります。