城島後楽園遊園地は大分県の別府市に ある、城島高原にあるアミューズメントパークだ。
阿蘇・くじゅう国立公園、由布岳南麓に位置し、恵まれた自然の中に広がる山の中の遊 園地で
日本初の木製コースター・ジュピターをはじめとする絶叫マシーンからお子様が楽しめるほのぼの系アトラクションまでそろってい る。

だが…。

「………なんだか、人が少なくない?」

駐 車場から歩いてすぐのところに入り口はあった。
ゲートをくぐりながら舞子が訝しげに言う。
確かに、平日の昼間と いうこともあって、人影はまばらだ。
東京ディズニーランドなどのいもを洗うような人混みを見慣れている者にとってはありえない光景だ ろう。
これで本当に遊園地として経営がなりたっているのかと思わず心配してしまうほどだ。

「こ れでも土日とか祝日は結構人が多いんだけどね」
「何も……こんなところに来てまで遊園地に来なくても」

は あっとため息をつく清良に向かって、峰がビッと人差し指を突きつける。

「いいじゃんか!!。オレが『ジュピ ター』に乗りたかったんだよ!!」

ーやっぱり、計画したのはお前か……というような目つきで皆が峰を見て、それ から同時にため息をついた。

「先輩〜。どれから乗りましょうか。やっぱりジュピターからデスか?このポセイドン 30っていうのも地上30mの高さから水面へ向かい急降下
って面白そうですよ。はう〜ん……でもここは愛を深めるために密室の観覧車 デスか?」

一人張り切って受付でもらった地図を熱心に見ながらわくわくした顔で千秋に話しかけるのだめ。
だ が千秋は依然不機嫌なままだった。

「ー俺は遊園地は好きじゃない」

そ ういうとぷいっとのだめを無視して、一人で列を離れ奧へ進んでいった。

「あ、千秋、団体行動だぞ」
「知 るか!!」
「せ、せんぱ〜い!待ってくだサイ!」

のだめがパタパタと焦ったように後を追っ かけていく。

「あ〜のだめもか……」

峰は諦めたように頭をぽりぽりと 掻いた。

「じゃあ、しょうがないから…今から自由行動にするぞ!。2時間後にまたここの場所に集合!
… ということで清良〜。二人でメリーゴーランドに乗りに行こうか〜。」
「どこから回る?」
「とりあえず端から順番 に行ってみようか」
「萌、お化け屋敷に入りたい〜♪」
「ねえねえ絞り立て牛乳で作ったソフトクリームだって〜。 後で食べに行こうよ!」

女の子達は地図を片手にきゃあきゃあと話をしながらそろって先に歩いていった。

「き…… 清良あ〜〜」

涙を流して嘆く峰。
黒木はさっきからじっと菊池を見つめていた。

「ー どうしたの?黒木くん。ボクに何か言いたそうだね」
「……別に……そういう訳じゃないけど……」
「あんまり千秋 くんをいじめるなって?」

くすくすと可笑しそうに笑いながら菊池が言う。

「………」
「い や、面白いじゃない。普段はあんなに冷静で鬼指揮者な千秋くんの別な一面が見れて」
「……でも……困るのは恵ちゃんだし……」

心 配そうに顔を曇らせる黒木を見て、菊池は何かを悟ったようだった。

「……あ、そう。……そういうことなんだ」
「い いいいいや、別に、僕には関係ないことなんだけど!!」

顔を真っ赤にしてぶんぶんと手を振る黒木を見て、菊池は ふうっとため息をついた。

「結構……複雑なんだねえ。」






の だめは懸命に千秋を捜し回っていたが、どうやら完全にはぐれてしまったようだ。
ふと、見上げると目の前には巨大な建造物があった。

「ふぉ…… なんデスか……これ」

一見、ジェットコースターのように見えるが普通のものとは違う。
よく 見ると全ての柱やレールが木材で出来ていた。
そう、これは6万本のアメリカ松で組み上げた、日本で最初に建設された木製コースター 「ジュピター」だ。
自然な木材の風味と色合いが、周囲の森林とマッチしてそれだけで一つの完成された芸術品のようだった。
思 わず見とれているのだめに声をかける人物がいた。

「どうしたの」

のだ めが振り返るとそこには高橋紀之が立っていた。
今回、旅で一緒になったものの、実はのだめは彼については詳しく知らない。
た だR☆Sオケの新しいコンマスでブッフォン国際ヴァイオリン・コンクールで3位に入賞するくらいの実力の持ち主だということだけだった。

「怖 いんだろ」

どことなく挑戦的な高橋の口ぶりにのだめは首を傾げる。
…のだめ…この人を怒ら せるようなこと、何かしましたかネ?。
そんなのだめの困惑など意にも介さないように高橋は言葉を続ける。

「言っ ておくけど…ボクは君のこと千秋くんの彼女として認めた訳じゃないから」
「もきゃ?」
「確かに……もうすぐボク と千秋くんは留学という高い壁によって引き裂かれてしまう……。
そう、愛するもの同士が涙ながらに離れざるをえなかったあのベルリン の壁のように……。
だけど……ボクの、千秋くんに対する愛は永遠に変わることはない!!」
「あ……あの……」
「も ちろん、今度就任した指揮者の松田さんも好きだ!。愛している!!。
でも……それ以上にボクは千秋くんに城島後楽園遊園地の中心で愛 を叫ぶ!!」

のだめはただただ呆然として高橋の口上を聞いていた。
あれ……もしかして…… 高橋くんって、千秋先輩のこと……。
高橋はのだめにビッと指を伸ばして突きつけた。

「野田 恵。君に挑戦する!。この木製コースター『ジュピター』に乗って、怖いと言わなかった方が勝ちだ!!。
……負けたものは……千秋くん から手を引いてもらう」
「……なんだか、よくわかりまセンけど……売られた喧嘩は買いマス!!勝負デス!!」

こ うして二人の熱い戦いが始まった(笑)。






千 秋はむかむかしながら園内を歩き回っていた。
……のだめの奴。
菊池くんの口車にうかうかと乗せられやがっ て……。
普通、あんなに簡単に騙されるか?。
ふつふつと沸いてくる怒りを抑えられない千秋だったが、どうしてそ んなに怒っているのかが彼自身わかってないのだから始末におえない。

「千秋様!」
「こんな ところにいらっしゃったんですか!」

後ろから声をかけられて振り向くと、そこにはクラッシック界の叶姉妹と称さ れる、鈴木萌と薫の双子姉妹がいた。

「きゃーっ!良かった!!。探してたんですよ、一緒に回ろうと思って」
「薫 感激!!」

きゃあきゃあと喜びながら千秋の両腕にまとわりつく二人。
千秋の腕には二人の見 事なGカップの胸がぎゅうぎゅうと押しつけられる。

「お……おい……」

思 わず顔を赤くする千秋。
萌がふと顔を上げ、目の前のアトラクションに目をやった。

「そう だ、千秋様!これに乗りましょうよ!」
「いいわね!。賛成賛成!!」

それはポセイドン30 と呼ばれる、地上30mの高さからレールの上をボートが水面へ向かい急降下するというウォーターシュートだった。
ちょうど橋を渡りか けていた千秋達はその落下する瞬間に出くわしたらしく、バッシャーン!!と派手に水しぶきが飛ぶ。

「きゃーっ!」
「濡 れるーっ!」
「でも、面白そうね!」
「行きましょう!、千秋様!」
「い……いや……俺 は……」

すっかり顔から血の気がひいた千秋を萌と薫はずるずると引きずって行った。



ゴ トン…ゴトン…ゴトン…。
ゆっくりとコースターが木製のレールを上っていく…。
まるでトロッコに乗っているかの ようだった。

「勝負を降りるなら今の内だぞ」
「絶対に降りまセン!」

不 敵な笑みを浮かべる高橋に、安全バーをぎゅっと握りしめたまま後部座席ののだめが言った。
っていうかここまで来たらもはや引き返せな いと思うが(笑)。
一瞬の沈黙の後、コースターはダーッっと急勾配を滑り落ちる。

「む きゃーーーっっ!!!」
「うわーーーーっっ!!!」

いくつかの小さなアップダウンを越え、 木組みのトンネルを抜ける。
トンネルの中でスピードに乗ったままコースターは右に急旋回して、強烈な遠心力で体が押し付けられる。
木 製のためか振動はかなりのものであり、体はポンポン跳ねて安全バーに打ち付けられて痛いほどだ。

「むぎゅぎゅ ぎゅぎゅーーーっっ!!!」
「うんぐぐぐぐぐぐぐーーーっっ!!!」

歯をくいしばる二人。
ど ちらも意地っ張りなためなのか千秋への愛ゆえか弱音は吐かない。

「ーーど……どうだーーーっ!ちーあーきーくん をわーたーせーっっ!!」

高橋が風圧で唇をぶるぶると震わせながら言う。

「ぜーーっ たいーーにーーっわーたーしーまーセンーーーーっっ!!」

ふわっと体が浮いてコースターから飛び出してしまいそ うになるのを必死で耐えながらのだめが言う。
そこで45度の急勾配を一気に滑り落ちる。

「う わああああああああああああっっ!!!」
「むきゃあああああああああああっっ!!!」




コー スターから降りた二人は、はあはあと激しく肩で息をしていた。
それからキッとなってお互いに睨み合う。

「も う一度勝負だ!!」
「望む所デス!!」








そ の頃………。

「キャーッ!!。千秋様が白目を向いていらっしゃるわーっっ!!」
「萌ーっ!! お水持ってきて!お水ーーっ!!」












「う わあ〜。この巨峰ソフトクリームっておいしい〜!!」
「うん。こっちの黒胡麻ソフトクリームもなかなかいけるよ」

そ の頃、菊池と舞子はのんびりと仲の良いカップルのようにソフトクリームを食べていた。

「高原牧場産の生乳 100%だって」
「こくがあっておいしいね」
「菊池くん、黒胡麻を一口食べさせてくれない?」
「い いよ。じゃあ、ボクにも巨峰を一口ちょうだい」

お互いにソフトクリームを交換しあってにっこりと笑う。
そ して舞子がいたずらっぽい目つきで菊池に話しかけた。

「菊池くん、さっき旅館のところで会った人、本当は菊池く んの彼女なんでしょう。だってこんなところまで追って来てるし」
「いずみちゃん?。うん、そうだよ。でももう別れちゃったけどね」
「えーっ。 もったいない。すごく美人だったのに……」
「う〜ん。でもねえ。旦那さんにばれそうになってたみたいだから。ボクもめ事嫌いだしな あ」

ハハハっと笑う菊池に舞子は呆れたような表情でため息をついた。

「菊 池くん……相変わらず日の光の下を歩けないようなことしてるね……。今度からキチクくんって呼ぶよ」
「やだなあ、そんなにほめないで よ」
「ほめてないって」

二人はとりあえず近くにあったベンチに腰を下ろした。
春 の日差しが温かく、風も気持ちがいい。

「ーこれからどうするんだっけ」
「もう少ししたらボ ストンに戻るよ。まだあちらに留学中で一時帰国しただけだからね」
「向こうでも女関係で問題起こして、ほとぼりが冷めるまでこっちに 帰ってただけでしょう」
「ハハハハハ」

否定しない。

「舞 子ちゃんは?」
「うん、私もヨーロッパに留学予定」
「そっか。みんなバラバラになっちゃうね」
「な んだか寂しいなあ……それよりさ、菊池くん」

舞子が菊池に向き直る。

「今 度のターゲットはのだめちゃんに決めたの?」
「のだめちゃん?ああ、のだめちゃん、すごく可愛いよね。胸も大きくてボク好みだし♪」
「千 秋くんの彼女だよ」
「でも、本人否定してるし」
「はなからそんなこと信じてないくせに……でも、なんだか新鮮だ な。千秋くんがうろたえる姿が見れて……ちょっとくやしいけどね」
「あれあれ、千秋くんのこと好きだったの?」

舞 子はへへへと笑った。

「本当言うと、少しね。憧れてたの」
「罪な男だなあ。千秋くんも」
「私 だけじゃなくて……萌も薫も……R☆Sオケにいた女の子、みんな千秋くんに憧れてたと思うよ。
あ、清良は例外ね。あの子、趣味が変 わってるから」

菊池はぷっと吹き出した。

「それは、峰くんに悪いん じゃないの」
「やだあ、もちろん峰くんだって大好きだよ」
「次はどこ回る?」
「えっとね え……」





「……なんであん たと行動しなきゃいけないのよ……」
「それはこっちの台詞だ!ーなんだってこんなもじゃもじゃ頭と……」

い つの間にか皆とはぐれてしまった、真澄と大河内はお互いに顔に皺を寄せていた。

「……みんなはどこに行ってし まったのよ。それよりも、千秋様!千秋様はどこ!!」
「ここに来たことがあるのはオレしかいないんだから……みんな黙ってオレについ てくればいいのに……。
くそ……、勝手な行動ばっかりしやがって……」
「だいたいねえ!。あんた目障りなの よ!。千秋様の真似ばっかりして……」
「べ、別に真似なんかしてないぞ!」
「してるじゃない!。いつも白シャツ にズボンで、髪型も意識してるし……でもね!。そのツータックのズボンとか
どことなく形の違うシャツとか微妙な髪型とか……完全には ずしまくってるところが許せないのよ!!」

ぐっと大河内が言葉につまる。

「だ いたいねえ……あんた、目標が高すぎるのよ。なんだって千秋様なのよ」
「………」
「別に……あんなに美しくって 音楽の神様に魅入られたような完璧な人間を目指さなくったっていいじゃない」
「だって……」
「だってなによ」

真 澄のじろりと睨む目つきに、大河内は渋々と口を開いた。

「みんな……千秋、千秋って千秋のことしか頭にないじゃ ないか。……現にお前だって……」
「………」
「そりゃあさ、……少しはレベルが違うかもしれないけど……オレ だって一生懸命にやってるんだよ。
ずっと音楽一筋にやって来たし……地元じゃ一応、トップクラスだったんだぜ。
そ れなのに、お前らと来たら、口を開けば、千秋千秋。馬鹿の一つ覚えのように、千秋千秋」
「……何、あんた、拗ねてるの?」
「拗 ねてない!!」

むっとする大河内を見て、真澄はくすっと笑った。

「そ りゃあね。あんたなんか千秋様の足下にも及ばないけど」
「おいー」
「でも、そのまんまのあんたの指揮は結構、い いセンいってるわよ?。
学園祭・前夜祭の時のSオケのステージ……『ラプソディ・イン・ブルー』……かなり良かったと思ってるわよ」
「………」
「ほ ら!ぼさっとしてないで、千秋様を探しなさい!。こんな田舎のイモにーちゃんばっかりのところで一人神々しい光を醸し出してる
だろう から、すぐにわかるわよ!!」
「田舎いうな!!」







「お お〜〜〜!!。これって楳図かずおの絵じゃねえ?」

峰がある建物の前で立ち止まりいきなり声を上げる。
そ の建物には煙を吐き出す化け物に対峙する男女の恐怖の表情が描かれた看板が掲げられており…その絵柄にはどこか見覚えがある。
そして その上には『楳図かずおのおばけ屋敷』とあった。

「楳図かずお?黒木くん、知ってる?」
「い や…知らない」

首を傾げる清良と黒木。

「知らないのか!お前達!! 『まことちゃん』とか。小さいときやらなかったか?グワシッって…」

そういうと峰は器用に手の指を折り曲げてみ せた。

「グ…グワシ……?」
「何、それ」
「あ〜〜〜、やだやだ。お前 らって本当に音楽馬鹿なんだから……。いいか。楳図かずおっていうのは日本を代表する漫画家なんだ!
『漂流教室』とか『まことちゃ ん』とか…。なかでも恐怖漫画が傑作なんだよ!。
ふむふむ。解説によるとここは楳図かずお氏のプロデュースによるお化け屋敷……とあ るな。
よし!二人とも入ってみるぞ!!」

意気揚々とフンっと鼻息も荒く、ずかずかと入り口 へ進んでいく峰。
黒木と清良は、お互いに顔を見合わせるとはあ〜〜っとため息をついた。






「安 土家の侍への恋がかなわなかった蛭子姫にまつわる呪いの物語を16の場面で恐怖体験…って書いてるわ」
「なかなか面白そうだよね」

清 良と黒木が話しながら進んでいく後を、峰は何故かびくびくとしながらついていった。
建物の奧に進むにつれ、次第に照明が落ち暗くなっ ていく。
武家屋敷のようなしくみになっており、暗闇の中へ降りていく長い階段がそこにはあった。

「き、 き、き、清良。怖かったら俺にしがみついても、いいんだぞ〜!!」
「全然?あんたこそ怖いんじゃない?」
「ば…… 馬鹿なことを言うな!!。俺は恐れを知らない男だぞ!。そんなことがある訳がないじゃないか!!」
「あっ!!」

い きなり黒木が立ち止まり大声を上げる。

「ひいいいいいいい!!」

峰は 恐怖で顔を引きつらせると、清良の腰にしがみついた。

「やっぱり怖いんじゃないのよ!!……で、どうしたの?黒 木くん」
「あ、ごめんね。よく考えたら僕、お邪魔だったんじゃないのかな。せっかく二人きりになれるチャンスだったのに…」

そ う言って黒木はくるりと後ろを向き、入り口に向かって戻りはじめた。
峰は黒木に向かって手を伸ばした。

「ひ、 ひいいい〜〜。クロキン……行かないでくれ〜〜!!。この蛇女と二人きりにしないでくれえ〜〜!!」
「ーっっっ!!。誰が蛇女 よっっっ!!」






続 く。