「座りまセンか」
そ
の言葉に促されるようにして、黒木はのだめの正面のシートに腰を下ろした。
なんだか視線を感じてるような気がしてロボットのようにぎ
くしゃくとぎこちない動きになる。
そうして思い切って顔を上げ、黒木はのだめと正面から向き合った。
……
こんなに真正面から彼女を見るのは初めてだった。
少し茶がかかった髪が窓から差し込む日の光に反射してキラキラ
光っている。
そんなに化粧をしている風にも見えないのに白く透き通った肌と色鮮やかな唇はまるでお人形さんみたいで……。
あ
あ……まつげがけっこう長いんだ。
新たな発見をした気がして思わずくいいるように見つめる。
吸
い込まれそうな大きな瞳の中に黒木自身が映っていて…その瞳が困ったように笑った。
「黒木くん……そんなにまじ
まじと見られたら、のだめ、照れちゃいマス」
「あ……ああっ!!ごめん」
そんなに穴が空く
ほど凝視してたのだろうか。
赤くなって視線をそらす黒木を、のだめがくすくすと笑った。
「別
にいいですけど……あ、そうだ。黒木くん、飴食べませんか?」
そういうとのだめは持っていたショルダーの中をご
そごそと探る。
女の子らしい可愛らしいピンクのバックだ。
「あれ〜。どこに入ってたました
かネ〜」
おかしいなあという様にのだめは眉間に皺を寄せながら、とりあえず手にしたものをシートの上にどんどん
と取り出していく。
……なんだか、くしゃくしゃになったレシートやら、丸めたティッシュやらがたくさん出てきて
るんだけど……。
しばらくしたらやっとお目当てのものに当たったらしく、にこおっと嬉しそうに笑う。
「ハ
イ」
のだめが差し出した掌に置かれていたものは…可愛い苺の模様がプリントされたいちご飴。
「……
ありがとう」
素直に受け取って包み紙を広げてみると……なんだか半分溶けかかっているみたいでべたついてい
る……。
恵ちゃん……これって……いつからバックに入っていた飴なの……?。
飴って……
しょ、賞味期限とかないのかな……(汗)。
なんだか口に入れるのが空恐ろしくなって躊躇していた黒木だったが、
バックの中からもう一つ飴を見つけ出した
のだめがぽんっと口に放り込んでころころと口の中で飴を動かしながら言った。
「あ
れ?黒木くん、食べないんですか?」
「い、いや。食べるよ!。……いただきます」
せっかく
恵ちゃんが好意でくれたものだし……ここで食べない訳には……。
覚悟を決めたように、えいっと口の中に入れる。
や
さしくて甘酸っぱいいちごみるく味が口中に広がった。
その懐かしい味に黒木は思わず声が出る。
「……
おいしい……」
「そうでショウ!」
とのだめが屈託のない笑顔で笑った。
「あ
あ、だいぶ高度が上がって来たね。……って、千秋くん……どうしたの?なんだか顔色悪いけど」
「い、いや、別に……」
千
秋は真っ青な顔のまま、窓の外を出来るだけみないようにして足下に視線をやっている。
その膝はかすかに震えている。
菊
池がふと何かに思い当たったように千秋に問いかけた。
「もしかして…」
「な、なんだ」
「千
秋くんって……高いところ苦手なの?」
ずばりと言い当てられて、思わず千秋は反応が遅れた。
「あ……
いや、その、あの……」
急いで取り繕おうとしてはみるもののうまくいかず、つい言葉がしどろもどろになる。
そ
んな千秋を見て菊池がくすっと笑った。
「なんだ。だったら最初から言ってくれれば良かったのに。ー悪かったね。
無理矢理ゴンドラに乗せちゃって」
「い、いや……」
「大丈夫。誰にも言わないよ」
そ
うは言ってくれるものの……なんだか弱みを握られた感じになってあまりいい気はしない。
とにかくこの菊池亨という男。
一
見、もの柔らかで愛想もよく何事にも差し障りがないのだが……表と裏をうまく使い分けていそうな感じがする人間だった。
内面ではもっ
と奥深い何かがあるのではないかと思わせる。
とにかく、一筋縄ではいかなさそうな男だ。
「で
も、千秋くんのそんなとこ初めて見たよ」
「………」
「いつも、R☆Sオケの指揮者で中心人物、皆を引っ張ってい
く頼りになるリーダー。他人にも厳しく
自分にはもっと厳しい。天性の音楽の才能を持ちそれでいて努力家。そのルックスもあいまって
カリスマ的な存在」
「………」
「どちらかというと無口で怖い印象でしょ。もうちょっとそういう可愛いとこ見せれ
ばいいのに」
「か、かわいい……?」
「そうだよ。高所恐怖症なんて知ったら、母性本能の強い女の子達なんていち
ころだよ。
ーそれに、そんな弱いところを素直にみせてあげた方が……つき合っている女の子も安心すると思うけど」
菊
池が意味ありげに千秋の目を見る。
千秋は思わずむっときてその視線をわざと逸らす。
多分、何が言いたいのかわ
かってしまったから。
「ーそういえば、のだめちゃん……」
ほら、来
た。
「胸大きいね。何カップ?」
………やはり、この男の考えているこ
とは読めない………。
「……
こんな風に黒木くんと向かい合ってると」
のだめが何かを思い出したかのようにくすりと笑った。
「初
めて黒木くんと会った時のこと思い出しちゃいマス」
「ああ……」
「覚えてマスか?」
「う
ん」
もちろんだ。
黒木にとってものだめとの出会いは忘れようにも忘れられない。
あ
れは確かR☆Sオケの練習の休憩時間だった。
黒木は自分のオーボエのパートのことで千秋に質問があって、ロビーをずっと探していた。
やっ
と見つけたと思ったら千秋は一人の女の子を逃がさないように自動販売機に手をつけて行く手を阻み、大声を出していた。
取り込み中だっ
たか…と引き返そうとしたらその女の子から引き止められた。
『あのっ……千秋先輩のオケストラの人ですよ
ね!!』
『あ……はい?』
『これ、食べてください。差し入れ持ってきたんです。おにぎりとおみそしる』
そ
う言ってそっと風呂敷包みと水筒を差し出しながら恥ずかしそうに微笑むその女の子。
花柄の上品なワンピースがよく似合っていた。
少
女のように可憐で、風に揺れる鈴蘭の花のように清楚で…それでいて新妻のように初々しいほのかな色気。
こんな女の子に出会ったのは初
めてだった。
きっと……。
黒
木はそっと心の中で呟く。
きっとあの瞬間に僕の心は。
君
に囚われてしまったのだろう……。
「あの時のおにぎりすごくおいしかったよ」
「嬉
しいデス!……でも、おみそ汁は……」
「ところ天みたいだった」
「ムキャー!!ひどいデス!!」
の
だめは奇声を上げると思いっきり頬をふくらませてふくれっ面をして見せた。
その様子が子供みたいで可愛らしくて、黒木はハハハと笑
う。
「黒木くん……。あの時にのだめが聞いたことを覚えてマスか?」
「え?」
……
何を話したっけ。
「黒木くんが目指しているような『上』を幼稚園の先生を目標としている人が目指すのって変です
よねって……」
「……思い出した」
あの時黒木に問いかけただめの表情は真剣そのものだっ
た。
何か苦悩しているような何か前に進むことをためらっているような。
黒木は後から峰に聞いて、のだめが音大の
ピアノ科にいながらもピアニストではなく幼稚園の先生になりたがっているのだと聞いた。
『もったいないよな〜。
あれだけ弾けるのに』
確かあの時峰はそう言っていた。
黒木はのだめの演奏を一度も聞いたこ
とがなく、あの繊細な指から奏でられる旋律はどんなものだろうと思っていた。
あの千秋ですら認めていたという……ピアノ。
と
ころが彼女はその才能を開花させぬまま幼稚園の先生を目指すという。
確かにそれも明るくて子供から好かれそうなのだめには合っている
のかもしれない。
綺麗事ではすまされない狭く厳しい音楽の道へ進むには彼女はあまりにも屈託がなく天真爛漫すぎた。
だ
けど……。
「じゃあ、その時に僕が言った答えを覚えてる?」
……黒木
は静かにのだめの目を見ながらゆっくりと言った。
「ハイ」
のだめも黒
木の視線を逸らさずに受け止める。
「……忘れまセン。あの時黒木くんはこう言いました。
『音
楽やってて単純にうまくできたら楽しいし、もっとうまくなったらもっと楽しいんじゃないか』」
のだめはにっこり
と笑った。
「そうですよネ」
「うん」
黒木も微笑
む。
「のだめ……最初は黒木くんの言っていることがわからなかったんデスよ……」
「………」
「の
だめは幼稚園の先生になることがずっと小さい頃からの夢だったし……。
どうして皆が『上』を目指せって口を酸っぱくしていうのかが
理解できませんでした。
厳しい練習も……上から押さえつけられるのも……窮屈なピアノの決まり事も……とても嫌でした。
だって『上』を目指さなくってものだめは自由に楽しくピアノを弾いててそれで満足だったし……。
でも……今は……」
「……
今は違うんだ」
「ハイ」
しっかりと黒木の目を見据えるのだめの瞳には、もうあの時のような
迷いはなかった。
「のだめ、もっともっとピアノがうまくなりたいデス。
もっともっとピア
ノがうまくなったらもっともっと楽しくなると思うから。
フランスのコンセルヴァトワールでいっぱい勉強して…それだけじゃなくてい
ろんなものを見て感じて経験して……
いつか……いつか世界中の皆に楽しんでもらえるようなピアノを弾きたいデス」
……
自分のためにピアノを弾いてほしいと言ったあの少年にも届くように。
「うん」
「それに……
のだめにはもう一つ夢があるんデス」
「ー夢?」
のだめはふわっと笑い、夢を見ているような
表情になった。
「千秋先輩と……いつか共演するんデス。
もちろん先輩が指揮でのだめがピ
アノ。
その公演は大成功をおさめて二人はゴールデンペアって呼ばれるようになるんデスよ。
そして世界各国か
ら出演依頼が殺到して二人は世界を飛び回り有名なオーケストラで共演するようになりマス。
フィラデルフィア管弦楽団、ベルリン・
フィルハーモニー管弦楽団、ウィーンフィルハーモニー管弦楽団。
ーもちろんR☆Sオケも!。
そしてたくさん
の人達がのだめ達のコンサートを聞いて……幸せな気持ちになって帰っていくんデス。
……黒木くん?」
の
だめは不思議そうに黒木の顔を見る。
黒木は……まるでとても愛おしいようなものを見るようにのだめを見つめ、唇に優しい笑みを浮かべ
ていた。
「はうう……のだめ……やっぱりおかしなコト言ってますかネ……」
「そんなことな
いよ」
黒木は言った。
「すごく……すごく、素敵だよ」
「ー
そういえばのだめちゃんのピアノって」
菊池は狭いシートに寄りかかるようにして肘をつきながら言った。
「コ
ンセルヴァトワールに合格するくらいだからきっとかなりのもんだよね」
「………」
千秋は先
ほどから不機嫌そうに口を結んでいる。
「千秋くんの目から見て彼女はどうなの?」
「ーど
うって……」
「この世界でやっていけるかどうかってことだよ」
うまく相手をかわしたかった
が、狭い密室の中で他に逃げ場もない。
どう考えてもこの話題からは逃れられそうにないようだ。
千秋は軽くため息
をついた。
「ーやっていけるかどうかは……まだわからない」
それは本
音だった。
のだめには確かに人々を魅了するピアノの才能があると思っている。
だが、それが実を結ぶとは限らな
い。
千秋自身についても同じことだ。
世界に出て自分の力を試そうと思っている若者は星の数ほどいるが選ばれる者
はごくわずかだ。
その一握りの人間になれるかどうかなんて……そんなこと誰にもわかる訳がないんだ。
全ては未知
数だ。
「ふうん」
菊池は何故か考え深げな目つきになった。
「ー
じゃあ、世界に通用するかどうかもわからない彼女をわざわざパリにまで連れて行くつもりなの」
「え?」
「のだめ
ちゃんは千秋くんのことが好きだから君について行くんでしょ?」
「ーそれは違う」
千秋は
きっぱりと言い切った。
「コンセルヴァトワールへの留学は、全てあいつが一人で決めたことだ。俺がパリに行くこ
とが決まったのはただの偶然だ。
俺は関係ない」
「でも、何か言ったでしょう。『俺も留学
するから、お前も一緒に行こう』とか何か」
千秋はぐっと言葉につまった。
確かにあのマラ
ドーナ・コンクールの後で千秋はのだめに言った。
『来年、オレと一緒にヨーロッパに行かないか?』
「ほ
らね」
「ーだけど……それは、あいつの才能は海外の方が開花するんじゃないかと思って……」
「千秋くんがどう
思って彼女を誘ったのかはよくわからないけど、だけど重要なのはのだめちゃんが君に好意をよせてるってことだよ。
はたから見てもわ
かるくらいなんだから、君にだってわかってるだろう?
のだめちゃん、君にすごく懐いているし」
「………」
「そ
りゃあ、好きな男から『一緒に行こう』とか言われたら女の子は頑張っちゃうよね。
それもコンセルヴァトワールに受かるってのは並大
抵の者にできることじゃない」
「………違う!」
千秋は思わず声を荒げる。
現
に千秋が一度その話を持ち出した時にはすっぱりと断られたのだ。
そうしてのだめからはなんの音沙汰もなくなり、いつのまにか実家に
帰っていた。
千秋が説得しに福岡の大川まで行った時には…もう、のだめは留学することを心に決めていた。
その間
にどういう心境の変化があったかどうかはわからない。
一人で勝手に悩み苦しんでいて、一人で勝手に解決していた。
「あ
いつはそんな理由なんかで自分の将来を決めたりなんかしない。好きな男の言葉一つで動くような女じゃない」
「………」
菊
池は千秋の迫力に押されたようにすこし押し黙る。
しばらくゴンドラ内には沈黙が続く。
「で
も」
やがて菊池が静かに言った。
「これから君はのだめちゃんをどうす
るつもりなの?」
「……のだめを?」
「才能があるから海外には連れて行く。でも恋人にはしない。そんな曖昧な関
係でずっといけると思ってるの?」
「………」
「言葉も通じない見知らぬ異国の地で、彼女はきっと苦労するだろう
ね。
頼りにするのはきっと君だけだ。
だけどもそのただ一人の相手は自分のことを女性として見てくれない。
いつまでたっても先輩と後輩のままで平行線のままだ。
……その状態で……彼女はいつまで耐えられるかな……」
千
秋は言葉を失う。
「たとえばもし君に、向こうで恋人が出来たらどうする?
のだめちゃんに
こう言うの?
『のだめ。俺には好きな女ができた。
もうお前にはかまってやれないけどお前の才能は信じてるし
ずっと応援してる。
ピアノ頑張れよ』って」
「……俺は……」
「まあ、いいけどね。別に僕
には関係ないし。
ーただ、僕の主義として可愛い女の子がつらい思いをするのは嫌なんだ。
……だからもし、君
がいつまでも煮え切らないっていうんだったら……」
菊池は鋭い眼差しを千秋に向けた。
「も
らっちゃうよ」
「あ!黒木
くん、見てくだサイ!!」
窓から外を見ていたのだめが黒木を呼ぶ。
黒木も窓に顔を近づけて
見てみると……。
そこには雄大な大自然が広がっていた。
この遊園地は深い森に囲まれており
現世と切り離されたような別空間にいるような感覚を与える。
遠くにある小高い丘には青々した牧歌的大草原が広がっており見る者の目を
癒してくれる。
間近にそびえたつ高い端麗な山を見てのだめが声をあげた。
「むきゃー……大
きな山ですネ」
「あれはきっと由布岳だよ。通称『豊後富士』大分県の富士山って呼ばれているくらい美しいんだ」
「黒
木くん詳しいデス!」
「ちょっとね。来る途中にガイドブック見てたから」
「さすが、黒木くん!研究熱心デ
ス!!」
恥ずかしそうに笑う黒木に対してのだめはぱちぱちと惜しみない拍手を送る。
それか
らふと思い出したかのように言った。
「ーそういえば……黒木くん、どこに留学するんデスか?」
黒
木は何かを言おうと口を開きかけて……それを止める。
そのかわりにいたずらっぽい目つきでこう言った。
「内
緒」
「え〜〜〜!!ずるいデス!!」
途端にのだめが抗議の声を上げる。
「ご
めんごめん、でも僕の学校の試験はこれからなんだ。……もし受からなかったら格好悪いじゃない」
「はう……そうですネ。でも、黒木く
んなら絶対に大丈夫デス!合格しますヨ!!」
「ありがとう。恵ちゃんにそう言ってもらえるとなんだか自信が湧いてくるよ。
恵ちゃんもコンセルヴァトワールに合格するなんて……本当にすごいよ。よっぽど頑張ったんだろうね」
「ハイ!。三善の家で大特訓でし
た」
「三善?」
「あ、千秋先輩のお家デス。試験が1ヶ月もあってその間家賃もったいないからアパート引き払って
そこに間借りさせていただいたんデス」
そんなこと千秋くんは一言も言わなかったけど……。
「毎
日毎日……朝から晩まで練習ばっかりさせて……もうひどいんですヨ、先輩ったら!黒木くん、聞いてくだサイ!!」
「うん、聞いてる
よ」
黒木は気づいていた。
「きっと先輩の前世は鬼ですネ!平安時代か
なにかに都を襲っていたに違いないデス!」
言葉ではどんなに言おうとも千秋のことを語るのだめの頬は紅潮し、そ
の瞳はキラキラと輝いていた。
くるくると万華鏡のように表情を変えながら幸せそうに話すのだめ。
そんな彼女を見
ていることは今の黒木にはちょっとだけ複雑だったけど。
でも。
のだめがいつも笑顔でいてくれればいいと思う。
こ
んな風に明るく元気で笑っててくれればいいと思う。
今だけは。
……観覧車に乗っている間だけ……ゴンドラの中で
二人っきりでいるこの時間だけは、彼女の笑顔は黒木だけのものだ。
この時間がいつまでも続けばいいと思った。
「あ、
もうすぐ着きますネ」
その時間も終わりを告げる。
「よ
〜〜し、みんな乗ったか〜!出発するぞ!!」
峰がバスの前方に立って後ろに座っている人数を確認しながら言う。
観
覧車から下りて全員集合し、遅めの昼を食べてたった今バスに乗り込んだ所だ。
「……よし。全員いるな!運転手さ
ん、出発してください」
白い手袋をはめた運転手は、軽く手を挙げてエンジンをスタートさせる。
ブ
ルルルル。
帰りはまた山の急カーブの続く道を今度は下ることとなる。
「い
や〜〜。遊園地、本当に楽しかったなあ!。俺、ジュピター3回も乗っちまったぜ!。
………ってお前ら、どうしたんだよ……」
後
ろの席に座っているメンバーの顔はすごく不機嫌だった。
千秋と清良はぶすっとした表情のまま機嫌が悪いことを隠そうともしないし
高
橋は千秋と同じ乗り物に乗れなかったせいで不完全燃焼気味だ。
黒木はといえば誰に話しかけられても気づかないくらいぼんやりと何か考
え事をしている。
萌と薫は昼食に食べた食事が口にあわなかったらしくてぶーぶー文句を言っているし、
真澄と舞子
はそれぞれ心配そうに千秋と清良をみつめている。
大河内は皆から手ひどい扱いを受けたのが気にいらなかったのか一人いじいじといじけ
ている。
いつも通りなのは菊池とのだめで、菊池はまたのだめの隣の席に座り込んでいろいろ話しかけている。
「……
この短い時間の中で、どうしてそんなに人間関係に亀裂が入ってるんだよ……」
峰は一番近くに座っていたのだめに
こそっとささやく。
「おい、のだめ、何かこの場を和ませるために何かしゃべれ」
「りょ、了
解デス」
のだめは一生懸命話題を探そうとめまぐるしく考えていたが…外を流れる景色にふと目をやっていった。
「あ
〜〜、この辺って可愛いホテルが多いですネ〜。やっぱり観光地だからですかネ」
言われて皆が窓の外を覗くといか
にもそれ系だと一目でわかるホテルが立ち並んでいた。
「………」
「………」
「………」
「……
のだめ……あれって……その……」
「のだめちゃん、あれはラブホテルだよ。この辺り本当に多いんだね」
菊
池がさらっと言う。
「菊池くん……そんな言いにくいことをあっさりと……」
の
だめは了解したようにぽんっと手を叩く。
「ああ、ラブホテルですか。前に峰くんと行ったところですネ」(『方
向』参照)
「………」
「………」
「………」
峰
がゲッとした表情になり、清良の顔が般若の形相に変わった。
「の、のだめ!そんな誤解を招くような言い方をする
な!!」
さすがののだめもハッとなってまずいことを言ったと思ったらしく、慌ててフォローしようとした。
「で、
でも、後から千秋先輩も来たんですヨ!」
千秋が飲んでいたお茶をぶっと吹き出す。
「えーーーーっっ!!」
「そ
んな……千秋様も一緒ってことは……」
「も、もしかして三人で……?」
「……3P?」
千
秋はぷるぷるとペットボトルを握りつぶし大声を上げた。
「違うっっ!!そうじゃねえーーーっっ!!」
続
く。