ここは福岡県柳川市。

大川市のすぐ隣のこの市にある人吉神社で式を挙げるため、のだめと千秋は帰国していた。
4月4日土曜日。
大安のこの日に結婚式を持ってくるために、千秋やのだめが並々ならぬ努力を持ってスケジュールの調整をしたことは言うまでもない。
エリーゼからは「ここまでしてやったんだから、その後は思いっきりバカンス取るからシュトレーゼマンの付き添いよろしくね」と言われ、頭を抱える千秋だった。

そして、現在、のだめは神社の控え室で白無垢を着せられている最中だった。





第2話






こんなバタバタのスケジュールでもどうにかぎりぎり予約をこじつけることができたのはもちろん野田家の隠れた暗躍があってこそだろう。
衣装・着付の申し込みから招待客名簿の作成・招待状の発送、料理や写真・ビデオ撮影・司会者の手配まで全て辰男と洋子に一任した2人だった。
さすがに着物一式はヨーコが作る訳にもいかずレンタルすることになった。

控え室では着付担当のスタッフがスタンバイしていた。
まず、産毛を剃り顔・首・手の順番でファンデーションを塗る。
ファンデーションは白すぎないオークル系で、メイクもどこか暖かみのある暖色系を使いナチュラルな仕上げである。
かつらは、のだめの頭に合わせて小さめのかつらを用意してくれていた。

「花嫁さんは地髪が栗色やけん、合わせてちょっと自然な明るめの色合いにしとってよかったばい」

中に詰め物などをして微調整を行う。

「……う……お、重いデス……」
「これでもね、昔のかつらに比べたら新型やけん、かなり軽くなったんよ」
「あうう……頭から床に転びそうデス……」

のだめの頭にずしっと重みがのしかかる。

「ふんばれ!!花嫁さん!!」
「ふんばれと言われましても……あうう」

そして次は白無垢の着付けになる。
のだめの選んだこの打掛は、裏地が桜色で刺繍も可愛らしく施されており、一目で気に入ったものだった。
しかしその重さは見かけに反して肩にずしっとのし掛かる。

「打ち掛けって……布団を背負ってるみたいに重いんデスね……」
「ああ、そういやあんた成人式にも着らんやったもんね〜」

そういって、からからと笑うのは母親の洋子。

「初めての和装が白無垢とは……なんとまあ、幸せなことばい!!」
「………ハイ(不満気)」

その間にもちゃくちゃくと着付けは進められる。

「今から腰紐巻くからね。お腹に負担がかからんよう、ゆる〜くしとくから苦しくなったら言うてね。
だけどあんまりゆるすぎても途中で崩れてしまうし、気持ちいいくらいのきつめの方がかえって妊婦さんのお腹にはいいんよ……少しはふんばらんせ!!」
「ふぁい……」

情けない声を出すのだめだった。
もう、のだめの頭の中はすでにいっぱいいっぱいである。
当日、会場には2時間前から余裕を持って来館するように言われていた。
だがスケジュールの調整が合わずギリギリの前日になっての帰国になってしまい、のだめはほとんど眠る暇がなかった。
それでも朝食は、洋子が用意したお握りを、眠い目をこすりながら無理矢理食べさせられていた。

「しっかり食べときんしゃい!!」
「はうう〜寝起きにそんなに食べられんとよ……」
「いいから、食べとき!!。もうこれからは食べる暇もないくらいに忙しいんやけ!!」

今、慌ただしく着付けをされながら洋子が言っていたのはこういうことだったのかと思う。
確かに何も食べずに式に出席したら、貧血で倒れてしまいそうだ。
妊娠6ヶ月にもかかわらずのだめのお腹はそんなに出ていなかったが、とりあえず安産祈願で祖母の静代からもらったさらしの腹帯を胸から腹の上までグルグル巻いて補正をした。
そして帯を丁寧に結んでもらい白い角隠しをかぶせてもらうと……周囲から溜息がこぼれた。

「恵……がばい奇麗か……」

静代がそっと涙を拭う。
のだめは鏡の中に映っている花嫁衣装の自分が、なんだか自分じゃないみたいで不思議な気持ちになる。
その時、ガラっとドアが開いた。

「のだめ、用意は……」

そこに現れたのは、和装で五つ紋付羽織袴を着た千秋だった。
千秋は白無垢姿ののだめを見て思わず絶句する。
それを見ながら、着付けスタッフさん達が嬉しそうにはやしたてた。

「奇麗かでしょう〜花嫁さん」
「あらら、うつくしゅう過ぎて声も出せんごとあるみたいやわ〜花婿さんは」
「ほんに、美男美女のカップルたいね〜」

静かにそっと千秋に近寄るのだめ。
千秋はのだめに見とれたまま言葉も出ない。

「先輩……」

次の瞬間、のだめは叫んだ。

「ムキャーーーーーーーッッ!!。和装で紋付羽織袴姿の先輩も素敵デス!!」
「……は?」
「カメラ!!。ヨーコ、カメラは何処ですか!?この先輩の姿を写真におさめておかないとっ!!レアですよ、レアもんですヨ!!」

洋子はニヤリと笑って袂からカメラを取り出す。

「まかせんしゃい。今日はじゃんじゃん写真撮るばい!!。そいから……」
「ねーちゃん、用意できた?」

そこへブラックスーツを着た佳孝が入ってきた。
その手にはビデオカメラを抱えている。

「佳孝、頼んどいた『例』の場面はちゃんと撮れたと?」
「おお。かーちゃんに言われとった通り、兄さんの着替えの一部始終はばっちしビデオに撮ったったい!!」
「でかしたばい!!佳孝!!」
「ムッキャーーーッッッ!!さすがデス!!。皆、手抜かりはありませんネッッ!!」

千秋は扇子を持った手をぷるぷると震わせて怒鳴りつけた。

「やめんかっっ!!この変態一家!!」





そして集合場所である社務所前へ向かった2人の前に懐かしい顔が現れた。

「チッアキ〜〜素敵じゃないですか!。貴方の和装姿なんて珍しいですネ」
「……それは貴方の方でしょう……」

……どこの世界に、結婚もしていないのに、わざわざ弟子の結婚式の媒酌人を引き受ける外国人がいるんだっっ!!。

千秋は心の中で激しく突っ込んだ。
そこには千秋と同じく五つ紋付羽織袴を着た世界のマエストロ、シュトレーゼマンと、同じく五つ紋付の黒留袖を上品に着こなした桃ヶ丘音楽学園の理事長、桃平美奈子だった。

「ムキャ、ミルヒーと理事長、わざわざ来てくれたんですね!!」

白無垢姿であることを忘れて飛びつきそうになるのだめを辰男が諫める。

「こら!!媒酌人に対して失礼ばい!!ちゃんと挨拶せんと!!」
「あ……ハイ。この度はお忙しい中を、私達のために尽力いただいてありがとうございマス……」
「オウ、気にしないでくだサーイ。のだめちゃんとチアキの恋のキューピット役の私が来ない訳はないじゃないデスか!!」

……いつ恋のキューピットをしたんだ……と千秋は心の中で激しく突っ込んだ。

「でも、ミルヒーも理事長も忙しいのに……」
「こんな奇麗な花嫁さん姿ののだめちゃんのためなら、どんな重要なコンサートだってキャンセルしっマ〜ス」

……実際にその尻ぬぐいをするのは俺だろう……と千秋は心の中で(以下略)。

「のだめちゃんと千秋くんの結婚式のこんな大役をさせてもらえるなんて、私も光栄です。……のだめちゃん……とても奇麗ですよ」
「理事長……」

思わずこみあげるものがあるのか、辰男が大きく鼻をすする。
シュトレーゼマンは優しく美奈子の肩に手を置いた。

「ミーナ……もちろん、のだめちゃんの美しさもさることながら、今日の着物姿の貴方は格段に美しい……」
「いやだわ、フランツったら。皆の前で……」
「その気品溢れる姿にボクはもう一度惚れ直しました……どうせだから今日このまま一緒に結婚式を挙げちゃいまセンか?。
 だから、ボクと結婚してくだサイ♪」

おおおっとその場にいた人が一斉にどよめいて注目した。

「……今、どさくさに紛れてさらっとプロポーズしたせんかった!?」
「うん、うん、すごかね!!」
「さすが、世界のマエストロばい!!」

ところが美奈子はホホホと笑うと、ポンッとシュトレーゼマンの肩を叩いた。

「相変わらずね〜その台詞。もう、冗談はよし子さん♪」

……相変わらずあっさり振られてるじゃねーか……。

千秋は、はあっと溜息をついた。
そして親族の面々も徐々に着付けを終えて集まって来たようだ。

「真一……本日は本当におめでとう」

とても優しい目で千秋を見つめるのは、母の征子。
彼女にとっても一人息子である、千秋の結婚式は何よりも感慨深いものであるに違いなかった。

「うん、堂々としてるな。よく似合ってるぞ、真一」
「真兄ちゃま……本当に素敵!!」

竹彦、由衣子がそれぞれ感嘆の声を上げる中、ぷっと俊彦が吹き出す。

「……なんだ……」
「いや……真兄の和装って……なんだか仮装みたいで笑えて……うくく」
「……後で覚えてろよ」

くくくと笑いをこらえる俊彦を睨み付ける千秋であった。
そして千秋の元には野田家の親族が次々と挨拶に訪れて、それを辰男が一人一人紹介していった。

「こっちはおいの兄弟で、とし兄、さぶ兄、やこ姉、みさこ姉。あっちは洋子の兄さんの孝彦さん、妹の小夜子さん、それからこちらはじいちゃんの喜三郎とばあちゃんの静代の親族で……」
「本日はおめでとうございます。いや〜本当に辰男が言うた通りハンサムやわ〜」
「はあ……どうもありがとうございます」
「本日はお日柄もよく、この度はお招きいただいてありがとうございました。こいからもよろしゅうにな」
「いや、その……」

たくさんの野田家の親族が入れ替わり立ち替わりに挨拶にくるが、とてもじゃないけれども千秋にとっては覚えきれるものではない。
一人一人に丁寧に頭を下げて挨拶をしながら、早くも千秋の頭もパニックになっていた。

……どうしてこんなに親族を呼んでるんだ!!。

のだめの両親の兄弟である叔父叔母ならまだ話はわかる。
だが、祖父母の兄弟や、嫁いだ先の婚家の人間まで呼ぶ必要がどこにあるんだ……。

そんな中、一息ついた千秋はふと横を見た。
隣にはのだめがいる。

見慣れない白無垢の和装姿ののだめが座っている。

メイクも普段の自然に近い感じとも、コンサートのための華やかなメイクともまた違う。
どこか艶めかしくてそれでいて上品で涼しげで。
結い上げた髪のさらりとのぞく白いうなじが、さきほどからどうしても目に入って仕方がない。
千秋の視線に気づいたのだめは、振り返ってにこっと笑った。
その笑顔もいつにもまして眩しくて。
思わず目をそらした千秋に、のだめは笑いながら言った。

「……白無垢についてさっき、着付の人に聞いたんデス」
「ん?」
「全身を真っ白で覆う衣装で、昔は武家に嫁ぐ際の花嫁衣裳だったんデスって。
 白色はもともと神に仕える時の衣装の色だけど、当時は「私はあなたの色に染まっていきます」という花嫁の強い決意を表しているとされてたんだそうデス」
「………」
「のだめは……今から、真一くんの色に染まるんですよ……」

のだめの頬が桜色に染まっているように見えるのは、気のせいだろうか。

「……いったい……何色なんですかネ……」
「別に……そんな……色なんて……」
「あ」

のだめはポンと手を叩いた。

「やっぱり孔雀色ですかネ?」
「どんな色だよ、それはっっっ!!」







そして新郎新婦である千秋とのだめ、媒酌人のシュトレーゼマンと美奈子、両家両親である辰男と洋子と征子、その他親族の順に整列させられることになっている。
ところが当の新婦であるのだめが椅子から立ち上がらない。

「……何やってるんだ?」

不審に思った千秋がのだめに問いかけると、のだめは何とも情けない顔で言った。

「あの……打掛の重みで足が痺れちゃって……」
「はああ!?」

そんな……立ち上がれないくらい重いのか?その衣装は……。

結局、千秋とシュトレーゼマンに両脇から抱えられて、ようやくのだめは立ち上がることが出来た。
社務所前において手水で手と口を清める「手水の儀」から始まる。
少し冷たい水が、ピンといっそう気持ちを引き締めて一同は襟を正す。
そして神官と巫女の先導により神社拝殿に境内を参進する。

そこでは迫力ある雅楽の生演奏が奏でられる。
結婚式でよく耳にする最もよく知られている「越殿楽」だ。
笙、篳篥、龍笛、鞨鼓などの日本独自の楽器が、厳かで雅やかな雰囲気をよりいっそう強調する。
神社がもつ厳かな雰囲気とこれから結婚式が始まるという緊張感がうまく調和されて何ともいえぬ気持ちになる。
のだめがそっと囁いた。

「雅楽の音色も素敵ですネ」
「……うん」

参道にいた、一般の参拝客がその音楽で一斉に境内に注目した。

「あ、結婚式しよる!!」
「うわあ〜花嫁さん奇麗やん!!」
「おめでとう!!」

初めは恥ずかしがっていた千秋だったが、たくさんの人に祝いの言葉をかけてもらううちに、心がほわっと温かくなるような感覚を覚えた。
隣を歩くのだめを見る。
のだめもまた幸せそうに微笑んでいた。

神殿に入場した一同は、神殿に向かって右に新郎側、左に新婦側が座った。

奥儀が式を始める旨を伝えると一同起立させられて、そして一礼する。
身の穢れを払い、心身ともに清める「修祓の儀」だ。
神官が新郎・新婦並びに参列者を祓い清める。

次に行われるのは祝詞奏上。
神官が祭神に酒食を供えた後、神前に二人の結婚を報告し、それと同時にこれからの二人の長い幸せや両家の益々の発展も祈る。

そして三三九度。
神前に供えたお神酒で、新郎の千秋と新婦ののだめが巫女の介添えにより三三九度の盃を交わす。
盃は大中小の三つ組みも朱塗りの盃があり、それぞれの盃でお神酒を三口で飲み干すのが基本だが、お酒が飲めない人は三回口をつけるだけでいいことになっている。
千秋の次に盃をもらって巫女に御神酒を注いでもらったのだめ。

「あう……」

妙な呟きに思わず千秋が横を見ると……どうやら打掛の重みで手がなかなか上がらないらしい。
何とか口をつけようと亀のように首と唇をのばすのだめに千秋は大きく溜息をついた。
そしてようやく盃に口をつけたのだめだが。

ぐい。

ぐい。

ぐいーーっっ。

三口で盃の御神酒を全て飲み干してしまった。
思わず青ざめたまま、囁く千秋。

「おいっ……別に飲まなくても、口をつけるだけでいいってさっき言ってただろう」
「あ……ハイ……でも、こういうことは縁起ものデスし……」
「お前……自分が妊婦だってことを忘れてるんじゃないだろうな……」

千秋の心配をよそに、のだめは三種類の盃に注がれた御神酒を全て飲み干してしまった。


誓詞奏上。
千秋とのだめは神前にしずしずと進み、誓詞の紙をもらい2人で覗き込んだ。
新郎が神前で生涯の契りを誓うことばを読み上げるのだ。

千秋はコホンと咳払いをすると二拝して、神社側が用意した言葉を読み上げた。

「誓いの詞。
 今日の佳き日に私達二人は大神の大前に結婚の式を挙げました。
 唯今より互いに心を一つにして助け合い、深い理解と愛情を以て生涯変わることなく、円満な家庭を築き良き社会人として生き抜く覚悟でございます」

そして千秋は一呼吸おいて自分の名前を読み上げた。

「平成二十一年四月四日 新郎 千秋真一」

その後にのだめが「新婦 恵」と読み上げる筈だった……。
筈だったのだが、隣から声が聞こえてこない。
隣を見ると、のだめの顔は真っ青だった。

「の……のだめ?」
「先輩……のだめ……ぎぼぢわるいデス……」
「お、おいっっ!!」

どうやら慣れない締め付ける和装と、極度の緊張、そして先ほどの御神酒の酔いも回ったのか、貧血を起こしたらしい。
千秋は倒れそうになるのだめを慌てて支えた。
式は一時中断となり、大騒ぎになった。



「はーふー、はーふー」

のだめは大きく深呼吸をする。
先ほどの着付スタッフが呼ばれて来て、もう一度のだめの帯を緩め直したところだ。

「だから、御神酒を飲むなと言ったのに……」
「はうう……」

先ほどから集まってきている参詣客も、心配そうに式の成り行きを見ている。

「恵、大丈夫?はい、お水」

洋子がのだめに水を手渡した。
それをごくりと一口飲み干して、のだめは千秋に向き直った。

「……大丈夫デス。式を続行してくだサイ」
「んな、ボクシングの試合続行とかじゃないんだから……無理しなくても……」
「いいえ!!。ここが花嫁の踏ん張り所デス!!」

……踏ん張り所が違うんじゃないかと千秋は思ったが、ここで中止する訳にもいかない。
とりあえずまた貧血を起こしてはいけないということで、のだめは着席したままというおかしな格好になってしまったのはなんとも不本意だったが。





玉串奉奠の儀が執り行われる。
榊の枝に紙垂をつけた玉串に自分の思いを乗せ、神々に捧げるという意味を持っている儀式だ。
千秋とのだめは並んで神前に進む。
ここで巫女から受け取った玉串を神殿に捧げるのだが……。
のだめが不安げに囁いた

「せ……先輩、どっち向きに置くんでしたっけ……」
「お前……さっきの説明聞いてなかったのか?。まずは葉の先が神殿に向くようにして持ってから、反対向きにするんだよ……ああ、逆、逆!!」

二人の真剣なやり取りに、神官の頬が笑いをこらえてひくひくと引きつる。
思わず顔が赤くなるのだめ。

「あうう〜もう、のだめ、頭がいっぱいいっぱいで……」

そして二礼二拍手一礼をした。
その次は媒酌人が両家の代表としてが玉串を捧げる番だ。

「ミーナ、これ、こっち向きでいいんデスか?」
「フランツ、逆よ。話聞いてなかったの?」
「こっち?」
「違う!!逆だったら!!」

とうとう堪えきれないのか、神官がぷっと吹き出した。
その笑いは親族一同に広がっていき……思わず、緊張の場を和ませる結果となった。


それから親族杯の儀を行った。
ここでは両家が親族の契りを結ぶ為に互いにお神酒を飲み交わすものだ。
巫女が両家の親族一同の盃に御神酒を注いで、一同が起立して三度に分けて御神酒を飲み干す。
もちろん由衣子は口をつけるだけだったが。
千秋家の親族は、今回の出席は征子、竹彦夫妻、俊彦、由衣子だけである。
それに比べてやはり地元ということもあり、野田家の親族は断然多い。
座りきれなくて立ったままで式に参加する親族もいるくらいだ。
千秋は自分の親族席の方に目をやる。



本来ならば、そこにいるべきだった男のことが、千秋の頭を一瞬よぎった。




そして斎主挨拶である。
斎主である神官が結婚の儀が無事終了したことを新郎・新婦、参列者に報告する。
いろいろハプニングもありどうなることかとハラハラしていた神官だったが、どうにかやり遂げることができた達成感でほっとしていた。
今回、一番はらはらしたのは彼だったと思われる。

長いようで短かった式もいよいよ終わりだ。

そして退場の時がやってきた。
新郎である千秋と新婦であるのだめを先頭に本殿を後にする。
のだめと千秋が振り返った瞬間、わっと歓声が沸いた。
参道に詰めかけた多くの人達が、惜しみなく拍手を鳴らしお祝いの言葉を口々に二人にかける。

「おめでとう!!」
「本当におめでとう!!」
「ちょっと危うかったけど、最後までがんばったばい!!」
「二人とも幸せにね!!」

カシャ。カシャ。
一般の参詣者でも二人の姿を写真におさめようとシャッターを切っていた。

その時。

ふわっ。

のだめと千秋の頭に何かが降りかかった。
次々と降り注ぐ、白無垢に映える色とりどりのそれは……。

「これは……」
「折り鶴……デスか?」

小さい折り紙で折られたその鶴たちは、野田家の人々がこっそりと事前に用意していたものだった。
心をこめて。
一つ一つを丁寧に。
……時間をかけて幸せになるようにと祈りながら折って。
千秋はふっと笑った。

「フラワーシャワーじゃなくて、折り鶴シャワーか……」
「……静代から聞いたことがありマス。
 千羽鶴のように多く折る折り紙は、苦しいときがあった時にでも多くの助けや思いがあれば、何事も超えられることができる強い願いになる、という意味なんデスって……」
「何事も越えられることのできる強い願いか……」
「……素敵デスね」
「……うん……」

子供達が歓声をあげて、色鮮やかな折り鶴達を拾っている。
その顔はどれも生き生きとして嬉しそうで。
たくさんの人々に祝福されている……そのことがよりいっそう感じられた。
これまでにないくらいとても幸せな気持ち……。
のだめが幸せそうな顔で囁いた。

「……こんな結婚式なら……何度やってもいいですね」
「お前……何度も結婚式するつもりなのか……」
「あうっ……別に深い意味は……」

そして二人は、幻想的な結婚式の余韻に浸りながら、神社の中を再びゆっくりと歩いていった。







そして、結婚式を終えた一同は披露宴会場と向かうために案内される。

「ん?」

千秋は不思議に思った。
きっと車に乗って会場まで行くのだろうと思っていたのだが、結構な距離を歩かされていく。
しかもどんどん道路からは離れていくようだ。
行き着いた先は。

「おい……これって……」

すぐ目の前を流れているのは、福岡県柳川市を流れている柳川だ。
柳川は古くから掘割が作られており、市内を網目状に川が流れている。
どうやらそこは船着き場のようなものらしく、白い小船が二、三艘、岸辺に繋がれていた。
先頭の舟の船頭が一同を見ると、笑顔でこう言った。

「本日はおめでとうございます。
 この『どんこ舟』で披露宴会場まで送りますので、どうぞ皆様お乗りください。
 水郷柳川に古くから伝わる伝統ある婚礼の儀式ですんで
 ささ、花婿さん花嫁さんは先頭の舟へどうぞ。花婿さんはこの赤い番傘をさされてください」


……… ……… ………


「「えええええええええーーーーーーーーーっっっ!!」」

一気に顔から血の気が引く千秋と、おもいっきり焦るのだめ。
そんな話は聞いていなかった。

「ヨ、ヨーコ、これはどういうことデスか?」
「あれ?打ち合わせ資料、まとめて送っといたやろ?。
 ここの神社で挙式をあげた花婿花嫁は『花嫁舟』にのって川上りをするんよ」
「縁起がいいから川下りじゃなくて川上りっていうたい」

辰男もにこにこと笑いながら言った。

「それは何度か見たことあるけ、知っとうけど……」
「あれ?恵、打ち合わせ資料見とらんと?」
「あ、あの大きな封筒で送られてきた奴……?」

今回、スケジュールの帳尻を合わせるために、奔走していた千秋とのだめは、結婚式会場と打ち合わせる暇がなかった。
だから全て辰男と洋子にまかせて来ていたのだが……。

「中身……ちゃんと読んでなかったデス……」
「オイイイッッッッ!!」

必死の形相で目をひんむく千秋。

「はうう……だって……だって……時間なかったデスし……」
「どうした、千秋くん、はよう乗らんね」

辰男が不思議そうな顔で千秋を覗き込む。

ポン。

三善竹彦が千秋の肩を叩いた。

「……真一……乗れ」
「おじさん……いや、いや、いや、でも、でも、でもっ!!」
「ここまで来て、乗らない訳にはいかないだろう……」

振り返ると、野田家の親族とシュトレーゼマンと美奈子、そして川下りをしていた観光客までもが一斉にわくわくしながら注目していた。
奇麗な花婿と花嫁が舟にのる瞬間をおさめようと、カメラやビデオがこぞって待ちかまえている。
顔を思いっきり引きつらせる千秋。
征子と由衣子、俊彦も必死で千秋を応援する。

「真一……男でしょう、ここは覚悟を決めなさい!!」
「真兄ちゃま、頑張って!!」
「真兄……ここで花嫁に恥をかかす訳にはいかないよ……」

とどめにシュトレーゼマンがニヤニヤしながら千秋に言った。

「どうしたんデス〜。チアキ。早く乗りなサ〜イ。
 アレ?もしかして、のだめちゃんと結婚したくないんデスか〜。
 なんなら代わりに私がのりましょうか〜。」
「………」




そして。




「ヒ、ヒイイッッ……」
「先輩、落ち着いてくだサイ」
「ゆ、ゆ、揺れる!!」
「……舟なんだから揺れて当然デス」
「ヒ、ヒ、ヒイイッ落ちるっっ!!」
「先輩、先輩、大丈夫デス、のだめにしっかりとつかまっていてください!!。
 先輩のことは、のだめが一生かけてお守りしますから。
 どどんと大船に乗ったような気持ちでいてください!!大丈夫デス!!」

その日、北原白秋縁の地として知られる柳川の町並みを見ながら、川下りをしていた観光客は珍しいものを見た。
春の柳川の風物詩である「花嫁舟」の川上り。

乗っている花婿がぶるぶる震えながら花嫁にしがみつき、花嫁は赤い番傘をかかげしっかりとたくましく花婿を落ち着かせるように肩を抱いていたという世にも珍しい風景だった……。