乾杯の後は、料理が次々と運ばれてきて、しばし和やかな歓談の時間となる。
当日担当のシェフが現れて、一つ一つの料理の説明を丁寧にした。

<おもてなしの1品>
天然鯛のタルタル 有機野菜のピュレを添えて
<前菜>
フレッシュフォアグラのソティー 春のソース
<魚料理>  
(2種類の盛り合わせ)
手長海老と帆立貝のポアレ ヴァニラ風味
<サラダ>
全国から取り寄せた新鮮な有機野菜のサラダ
<肉料理>
(2種類の盛り合わせ)
・神戸牛霜降りロースのグリエ 赤ワイン
・フランス産鴨のロティー オレンジソース
<デザート>
自家製ウエディングケーキ 季節のデザートを添えて

目の前に運ばれてくる料理を見ながら、峰はうほほっと喜びの声をあげた。

「すっげーーーーっっ!!ご馳走だっ!!」
「もう……やめてよね……普段私が食べさせてないみたいで恥ずかしいじゃないの……」
「いや、実際そうじゃん」
「なんですって!!」

まるで鬼のように角を生やした清良に向かって、慌てて峰が言った。

「いやいや、そう言う意味じゃなくってさ、こういうコース料理って、普段はめったに食べれないじゃん」
「そうね……私達の披露宴の時は、お義父さんがシェフの中華料理の満漢全席だったものね……」

清良がふっと寂しそうに遠い目をした。
萌が必死でそれをフォローしようとする。

「あ、いや、でも、美味しかったよ。峰くん達の時の披露宴の料理!!」
「そうそう、なんていうか……こう……珍しかったしね」
「西瓜をくりぬいて杏仁豆腐を入れたデザートとかすごく手が込んでて、見た目も良くて美味しかったよ!!」

菊地や舞子も合わせる。

「いいわよ……別に気を使ってくれなくても」

ふっと自嘲気味に笑う清良の姿もなんのその、上機嫌の峰はさくらのメニューまで覗き込む。

「わおーーっっ!!。さくらのご飯もちゃんとコースになってる!!。さくら、ステーキ食べきれなかったら父ちゃん食べてやるから
な!!」
「うん!!」
「お前……子供の食事まで取る気か……」

背後から溜息まじりの声がして、峰が振り向くと、そこにはメインテーブルにいる筈の本日の主役、千秋とのだめが立っていた。





第7話





「お、お、お前ら、なんでここに!?」

峰の驚いた声に、千秋はこれ以上ないくらいぶすっとした顔で言った。

「お色直しもしないんだから、せめてテーブル回ってワインサーブでもしてこいと言われた」

そういう千秋の手にはマグナムサイズの赤ワインがある。
普段、人に酌などすることがない千秋にとって、この演出はかなり苦痛らしい。

「峰くん、今日は一家で来てくれて、ありがとうデス♪」

のだめが千秋の後ろからひょこっと顔を出した。

「おおおおおーーーーーーーーっっっ!!。ソウルメイト!!。今日のお前は格段に奇麗だぜーーーーっっっ!!」
「峰く〜〜〜ん!!」

峰は立ち上がるなり、ウェディングドレス姿ののだめをぎゅううっと抱きしめた。
そしてそのまま2人で抱き合うこと3分。

バシッッドコッッ!!

「人の花嫁にしがみついてるんじゃねえっっ!!」
「いつまでやってるのよ!!」

千秋が峰の頭を思いきり叩き、清良が容赦なく足で蹴った。

「いって〜な」
「じゃあ、次は僕が……」

そう言って立ち上がろうとする菊地の頬を舞子がぎゅううっとひねった。

「はいはいはい、そこまでね〜」
「いてててて……」
「千秋くん!!そんな女は捨てて僕と一緒に映画『卒業』のラストシーンをやろう!!」
「何言ってるのよ、私とよね、千秋様!!」

高橋と真澄がどさくさに紛れて、千秋の首にすがりつく。
ヒイイと悲鳴を上げる千秋。
それを見ながら木村と舞子が言った。

「高橋くん……いっとくけど『卒業』は男が結婚式で花嫁を奪い去るんだよ?……」
「あ、でも、さっき真澄ちゃんが白馬馬車強奪したんだった……」
「2人とも……花婿は絶対に渡しまセン!!」

のだめは高橋と真澄を千秋から無理矢理引っぺがすと、千秋を隠すようにその前にたちふさがった。
がるるるる……と唸り声を上げながら2人を睨み付けるのだめに、千秋が溜息をつく。

「……お前は野獣か……」
「何言ってるんデスか。のだめは先輩の可愛いペットですよ〜ごろにゃん♪」
「黙れ家畜」←高橋。
「お黙り目くそ」←真澄。
「ムッキャーーーーーーーーーーッッッ!!」

とうとう取っ組み合いを始めた3人を見て、ズキズキと頭痛をおこしている千秋に向かって菊地が言った。

「ハハハ。千秋くん、本当に飼い主みたいだね」
「ペットのしつけは、飼い主が責任持ってしろよ〜〜いてっっ!!」

からかう峰の頭に、清良がチョップを落とす。

「あんただけには、それを言う資格はないわよ(怒)!!」
「なんでだよ〜清良」
「千秋くん。これから結婚生活……頑張ってね。……千秋くんの気持ちは私が一番よくわかってるわ……」
「清良……」

同じ一風変わったパートナーを持つという境遇にある者同士、千秋と清良が見つめ合う。
それを面白くない視線でながめるのだめと峰。

「……先輩……もう浮気ですか?しかも人妻に……」
「清良あああっっ!!俺という夫がありながらっっ!!」
「「ああ、もう、うるさい!!」」

あいもかわらずこのメンバーはいつも賑やかだ。

気が置けなくて……楽しくて……どこか、懐かしくて心が安まって……ほっとする。

「……でも、千秋様、変わりましたよね……昔は『人の花嫁に……』なんて言うキャラじゃありませんでしたもの」
「本当だね。R☆Sオケをやってた頃の鬼指揮者の千秋くんとは別人みたいだよ」
「歳月は人を変えるものですね……薫、寂しい……」

これは萌と木村と薫。
千秋としては……かなり複雑な心境である。

「いいんじゃないの〜、それだけ、彼女にメロメロだってことだから〜♪」

嫌味タップリな口調でニヤニヤ笑いながら言うのは。

「……松田さん」

こんな姿を一番見せたくない男……。

「いやあ、俺、思わず感動して泣いちゃったよ、さっきの結婚式。
 黒王子、千秋くんのあまりのヘタレぶりに……な・ん・て・ね〜〜冗談だよ、冗談。
 ごめんね♪。ハハハ」

千秋の手が怒りでぷるぷると震えるが、反論することはできない。
どう考えても先ほどからの結婚式の演出は、千秋にとってかなり痛かった。。
それにしても……。
いくら先輩とはいえ、いくら義理とはいえ、なんでこんな人を招待せざるを得なかったのだろうと千秋は溜息をつく。

「ワイン注ぎに来てくれたんでしょう?。なら、僕にワイン注いでよ」
「……はい」

千秋は嫌悪感を隠しもしないで、差し出された松田のグラスにワインをドボドボ注ぐ。

「何それ〜。やな感じ〜。 もっとさあ、初々しい新妻のように愛情込めて注いでくんないかな〜」
「なんで俺があなたの新妻役にならなくちゃいけないんですかっっ!!」

ついに千秋はぶち切れて怒鳴った。







次のテーブルでは、はるばる海を越えた遠方から来てくれた友が待っていた。

「黒木くん、ターニャ、フランク、ユンロン、ポール、リュカ、Rui……遠くから、のだめ達のためにわざわざすみまセン」
「いいヨ。いいヨ、料理も美味しいしネ」

さきほどからガツガツと食べているのはユンロン。
パンは食べ放題、フリードリンクと聞いて、さっきから思う存分食いだめ飲みだめしている。

「あ、パン残ったら持ち帰りできる?。
 両親やおじいちゃんに白パン食べさせてあげたいネ」
「ユンロン……まるでアルプスの少女ハイジみたいですネ……」
「のだめ……今日は、寿司とか天ぷら……出ないの?」

ポールは披露宴の料理が和食ではなかったことに、少しショックを受けているようだ。
申し訳なさそうに謝るのだめ。

「すみまセン、ポール。ちゃんと後日、回転寿司に連れて行きマスから」
「カイテンズシ?」
「ハイ。お寿司が皿に乗ったままくるくる回るんデスよ」
「ワーオ!!見たことがある!!。あの棒の上で皿を回すアレでショ!!」

……それは回転寿司じゃなくて、皿回しだ……。

千秋は心の中でそう思ったが、疲労がピークに達していて、突っ込む気力もなかった。

「明日は、憧れの秋葉原♪アニメショップ巡りするんだ〜。プリごろ太グッズゲットだぜ!!な〜んてね」

先ほどから、うきうきと上機嫌なのはフランク。

「ふおっ!プリごろ太グッズ……。フランク!!。それはぜひのだめもご一緒させてくだサイ!!」
「……お前、もしかして新婚旅行に行かないつもりか……」

地の底から響いてくるような不機嫌な千秋の言葉にはっとなるのだめ。

「あ……そ、そうでした!!。すっかり忘れてました!!」
「いいぞ……別に秋葉原行っても」
「先輩〜そんなこと言わないで新婚旅行行きましょうよ〜」
「新婚旅行ってどこに行くの?」

ワインを飲みながら興味深げにそう聞くのはRui。

「ハイ、熱海デス」
「熱海……?」
「日本に古くからある保養地の温泉デス」

のだめはにっこり笑って返事をする。

「それはまた……ずいぶん……近くだね……」

黒木は一瞬驚いた表情を見せながらも、慎重に言葉を選びながら言った。

「……なんていうか……その……あまり、リゾートって感じじゃないね……」
「海外は嫌って言うほど回っているからいい」

ぶすっとした千秋に隠れてのだめがこそっと黒木に耳打ちをした。

「もう、これ以上飛行機や船には乗りたくないそうデス」
「あ……そうなの」
「飛行機も駄目。船も駄目なんて、そんな甲斐性なしの男で本当にいいの〜?のだめ」

それをこっそり聞きつけて、のだめに絡んでくるのはやはりこの男、リュカ。
気のせいかなんだか目が据わっているように見える。
のだめは、おそるおそる聞いた。

「あの……リュカ……お酒飲んでない……ですよネ、未成年なんだし……」
「これはワインじゃなくてただのグレープジュースだけど、それが何か?」
「あ、いえ、その、あの……」

のだめに絡み出したリュカに対して、Ruiがやれやれと肩をすくめた。

「気にしないでネ、のだめ。ちょっとこの坊や、憧れのお姉さんが結婚するから、やさぐれてるのヨ」
「坊や言うな!!」

図星を指されたことと、子供扱いするRuiの言葉にリュカが怒鳴った。

「あれ?でもさ、リュカとRuiってつき合ってるんだよネ?」

ポールが突然の爆弾発言をした。

「「へ?」」

思わず固まる一同。

「な……なんで」
「だって、どこかの雑誌に載ってたヨ?2人の熱愛報道。若きピアニスト同士の純愛!!みたいな感じで」
「そ、そ、そんな訳ないでショ!!」
「そうだよ、何言ってるんだよ!!」

ムキになって否定する2人。

「だいたい私がこんなリュカみたいな坊や相手にする訳ないでショ!!」
「そういうRuiなんか、のだめに比べたら、可愛さの欠片もないくせに!!」
「リュカだって千秋に比べたら、『c’est le jour et la nuit(昼と夜ほど違う→フランスで言うところの月とスッポン)』じゃな
い!!」
「Ruiなんか、のだめのDカップに対抗して、本当はAカップなのに今日はブラにパット着けて大きく見せてるくせに!!」
「なんでそんなこと知ってるのヨーーーーッッ!!」

Ruiが真っ赤になって叫ぶ。

リュカ……何故、のだめのサイズまで知っている……(しかもピタリ笑)。

千秋の頬がピクピクと引きつっている。

思わず周囲が一触即発の雰囲気になり、慌てて宥めに入ろうとしたのだめの肩をポンと叩く手があった。
振り向くと背後に不気味な黒いオーラを漂わせたターニャが立っていた。

「た……ターニャ……どうしたんデスか?」
「……いい?今から言うことを良く聞くのよ、のだめ……」
「ハ、ハイ」

ターニャが有無を言わさぬ様子でのだめに言う。
思わずたじろぐのだめ。

「後でブーケトスがあるわよね」
「あ、ああ、そういえば、そうでしたネ」
「……その時は私を狙って投げるのよ!!」
「あ……でも……ブーケトスは後ろ向きに投げると聞きましたが……」
「ちゃんと私が後ろから合図するから!!。私がちゃんとキャッチできるような方向にしっかり投げてよね!!」
「あ、あうう……」

ターニャのあまりの迫力に圧倒されるのだめ。
それを見て、黒木は密かにそっと溜息をついた。








三善家の親族関係や、仕事関係のテーブルも回った。
のだめや千秋の、中学、高校時代からの友人のテーブルも回った。
後は……。

「先輩……あそこ、どうします……?」
「………できれば行きたくないんだが……」
「だけど、一番、挨拶をしなければいけない人達だし……」

のだめが指を差したテーブルは……佐久間のような音楽ジャーナリストが見れば、感動してしまうような豪華な顔ぶれで。

「ちょっと!!」

シュトレーゼマンが、ウェイターに向かって大声で怒鳴っていた。

「彼の皿の肉の方が大きいんじゃないデスか!!取り替えてくだサイ!!」

言いがかりをつけられて見るからに困った表情のウェイター。
自分に来た大きい肉は絶対渡さないと言わんばかりに、皿を抱え込んでヴィエラは言う。

「そういう貴方は野菜サラダ丸ごと残ってるじゃないですか!!食べ上げてからそういうことは言いなさい!!」
「ニンジンいらな〜い!!」

そう言って、シュトレーゼマンがピッピッとフォークではね除けたサラダの人参が、ヴィエラの顔に当たる。
ヴィエラのこめかみに青筋が走る。

「貴方は、好き嫌いの多い子供ですか!!」
「だって、ワタシ、世界のマエストロだも〜ん」
「あっっ!!ケーキが来た!!その一番大きい奴ください!!」
「それはワタシのデーーーーッス!!」

世界の巨匠2人がなんとも情けないことで言い争っているテーブルは、先ほどから周囲の注目の的だった。
そんなシュトレーゼマンのお目付役である筈のエリーゼは、先ほどから隣にいるジャンが気になって仕方がない。

「プラティニ指揮者コンクールでは、千秋よりも貴方の応援してたんですよ♪」
「へえ……千秋の事務所のマネージャーなのに?」
「だって……貴方のファンなんです♪良かったらサインください」

それを黙って見ている訳がない、今やドナデュウ夫人となったゆうこが睨み付けた。

「ちょっと!!。さっきから何、あんた!!私のジャンに色目使って……この女狐!!」
「なんですって!!。たまたまジャンと夫婦になれたからっていい気になるんじゃないわよ、このジャパニーズ!!」

ここでも醜い争いが始まってしまった。
そんな両隣の女性達を別に気にする風もなく、ジャンは、ゆったりとマイペースに食事を楽しんでいた。

「うーん、これはけっこういいワインだ。日本産だね。日本でもこんな美味しいワインが飲めるんだね、カタイラ」
「ハハハ。この肉もとても軟らかくてジューシーだよ♪」

かっての指揮者コンクールでの千秋のライバル達はにこやかに語りあっている。
日本のオケの常任指揮者をまかされたという片平。
その額がまた一段と広くなったように見えるのは気のせいだろうか。
何かと苦労が絶えないようである。

「あーーーっっ!!その一番端っこの、苺たっぷりなところ!!」
「駄目デース、それは、渡しまセッン!!」

相変わらずシュトレーゼマンとヴィエラは大きいケーキをめぐって争っていた。
そこへ。

「あ、これもらいますネ」

オクレールがひょいっと手づかみで渦中のケーキを取り、そのままもぐもぐと食べる。

「ん?どうしましたか?」

と呆然と立ち尽くす2人の方を見て、口にクリームをつけたまま無邪気ににっこりと笑った。

「ケーーーキッッッ!!ケーーーーキがああっっっ!!」
「……じゃあ、次に大きいのをもらいます!!その一番右の奴っ!!」
「それは私が最初から目をつけていた奴デス!!この世界は早いもの勝ちデス!!」
「だったらなんで始めからそれを選ばなかったんですかーーっっ!!」

ますますぎゃあぎゃあと騒がしくなった2人のマエストロを見て、溜息をつくニナ・ルッツ。

「本当にもう恥ずかしいわ……」
「「すみません……」」

申し合わせたように謝るのは、美奈子とヴィエラの妻だ。

「私の監督が不行き届きで……」
「私も……」
「ミーナの責任じゃないヨ」

そう言って、そっと美奈子の肩に手を置くのはカイ・ドゥーン。
元ベルリン・フィルの首席奏者で世界最高峰のコンマスと称される男。
清良の師匠でもある彼は、美奈子に呼ばれて桃ヶ丘音楽大学の講師も務めたことがあり、征子とも親交が深い。

「あんな人間的に欠陥だらけの人間のお守りをするのは大変だっただろう……。その点、私なら常識を持った人間で安心だ」
「カイ……」
「ミーナ、そこんとこヨロシコ」
「ドゥーンッッ!!なにさりげなくミーナにちょっかい出してるんデスか!!」

それをすかさず見とがめたシュトレーゼマンが叫ぶ。

「うるさい!!。お前はそこで漫才でもやってろ!!」」
「まあ、いいじゃないか。にぎやかで。私も久し振りに懐かしい面々に会えたしね」

そう微笑んで言うのは、ジェイムズ・デプーリスト。
ルー・マルレ・オケの現音楽監督でもあり、世界中に名の知れ渡った名指揮者は、専用の車椅子で参加していた。
音楽の良心とも言われる彼の存在は、このような場でも特別なオーラを醸し出していた。
そして何かと敵が多い、シュトレーゼマンにとっては唯一の指揮者友達でもあった。

「あ、ジミー♪」

シュトレーゼマンが気づいたようにデプーリストを振り返る。

「そんなワインなんて飲んでたら体に悪いデス!!。マーメイドジュース飲みなサーイ!!。こんなこともあろうかと思って持参して
たんデース!!」
「い、いや……遠慮しとくよ……」
「遠慮なんてしないで!!。ワタシのこのジュースを飲ませるのは選ばれた大事な友人だけ……そうヴィエラとドゥーン……アナタ達
にだけは絶対に飲ませまセン!!」
「「そんな怪しいもの、絶対に飲むかーーーーっっ!!」」

千秋はその騒がしい様子をしばらくの間、無言で眺めていた。
やがて、振り返るとのだめの腰に手をかけて促す。

「……やっぱりあそこはやめとこう」
「いいんデスか?」
「行ったら多分、これ以上収拾がつかなくなるから」

千秋はキッパリと言った。










「それでは、皆様、ブーケトスを行いますので、どうぞガーデンの方にお進みください」

司会者の言葉を合図に、ゲスト達は立ち上がりガーデンへと向かった。
形も大きさも違うたくさんのキャンドルを並べた、黄金色のイルミネーションに光り輝く夜のガーデン。
キャンドルの放つ明るい光は、誰もがうっとりとするほどロマンティックな幻想的な雰囲気が漂っていた。

昔、男性が愛する女性のもとへ行く途中に野に咲いた花を摘んで行きそれを女性に手渡し捧げたものが由来となっているブーケ。 
「ブーケをもらった人は次に結婚できる」という言い伝えをもとに、結婚式に集まってくれた人たちに花嫁が幸せのおすそ分けをする
という儀式である。

色鮮やかなドレスを着た独身女性達が、きゃあきゃあと笑いながら、ウェディングドレス姿ののだめの周りに集まる。
もちろん、独身女性である、薫、舞子、マキ、レイナ、由衣子の姿もある。
清良に付き添われてさくらも参加しようとしたら、峰が必死に止めた。

「清良っっ!!。さくらにブーケを取らせるんじゃない!!。もし取ったりして次の花嫁になったらどうするんだ〜!!」

清良は溜息をついた。
峰は、さくらが可愛くて可愛くて仕方がないようで、一生さくらを嫁にいかせないと断固として言い切っているのだ。
どうやら親馬鹿は、峰家に代々伝わるものらしい。

「あんたねえ……そんなことばっかり言ってて……。
 少しでも婚期を遅らせようと、雛人形はいつまでも出しっぱなしにするわ、遠くに嫁に行っちゃ嫌だとか行って、箸をやたら短く持
たせようとするわっっ!!」
「だって〜〜〜、さくらはパパと結婚するって言ってるし……」

さめざめと涙を流す峰に向かって清良は一喝した。

「ええい、女々しい!!。」

そんな中、のだめはターニャの姿を探した。

「のだめ!!こっちよ!!」

ターニャの叫ぶ声が左の方から聞こえ、その方向を見ると大きく手を振る姿が見えた。


……ターニャ……あそこですネ。


のだめはごくりと唾を飲み込むと後ろ向きになった。
背後からは、女性達の熱気が伝わってくる。
ブーケを両手でしっかりと構え……えいっと勢いよく、背後左をめがけて高くブーケを投げた。
女性達が一斉にブーケが落ちてくる場所に群がる。
のだめが投げた方向は間違っていなかったらしく、ちょうどいい具合にターニャの真上に落ちてきた。

のだめ!!ばっちりよ!!。

ターニャの目は確実にブーケを捕らえていた。
そしてターニャが手を伸ばし、そのブーケを取ろうとした瞬間……。

「いただき!!」

さっとターニャの手より一段高い位置で、ブーケは誰かの手によって奪い去られた。
一瞬何が起こったかわからないという表情のターニャと他のゲスト達。
ブーケを取った人物は……なんと……。



「ま……真澄ちゃん……?」



真澄は手に取ったブーケを持って、恥ずかしそうに体をくねらせた。

「まあ……次の花嫁は私!?」



……… ……… ………




……誰の?。



全員の心の中のツッコミをよそに、喜びの表情を隠しきれない真澄であった。
しまいには、歓喜の舞をその場で踊リだす始末。
はあ……と残念そうに肩を落とすのは、取れなかった女性達。

「でかした!!真澄ちゃん!!」

喜んでいるのは峰1人だけであり、さくらは明らかに不満そうにぶすっとしている。
ターニャはその場にがっくりと膝をついた。

「ブーケ……とれなかった」

悔し涙がにじみ出るターニャ。

「……この日のために気合いを入れてきたのに……」
「ターニャ……」

のだめがなんと言ったらいいのかわからない様子で見つめる。

もちろん、ブーケをとったら花嫁になれるというのは、ただの言い伝えであることもわかっている。

だけど……どうしても取りたかったのだ。

なかなか前に進まない黒木との関係。
日本人特有の性質なのか、それとも彼個人の性格なのか、黒木の態度はいつも曖昧で、はっきりしなくて。

ヤスは私のことをどう思っているの?。

一緒に暮らしてはいるものの、考えてることがいつもわからなくて、苦しくて。

ターニャは決めていた。

……もし。

もし、のだめの結婚式で、ブーケが取れたなら。


断られてもいい。


笑われてもいい。


……自分からプロポーズしよう……。


もし運良くブーケを手に入れることができたなら、その勇気が湧いてくるような気がした。
何かにすがってみたかったのだ。

その夢が崩れた今、ターニャは唇を噛みしめた。

そんなターニャの前にすっとハンカチが差し出された。

「ターニャ……」

そこには黒木が立っていた。

「ヤス……」

ターニャは、涙を拭いながら、わざと明るい口調で言う。

「やだもう……なんだか、みっともないところ見られちゃったな……。
 あんなに必死になっちゃって……恥ずかしいわよね。
 ……別に、そんなにブーケが欲しかった訳じゃないのよ。
 ほら、なんていうか、せっかくの披露宴なんだから、演出を盛り上げないといけないじゃない。だから……」
「ターニャ」

黒木が、その言葉をさえぎった。
その顔は真剣そのものであり、何か言葉を探しあぐねているようでもあった。

「ターニャ……え……えっと……そんな……ブーケとか……とらなくったっていいんだ……」
「え……?」

黒木の言うことが一瞬、理解できないターニャ。
しばらくの沈黙の後で、黒木が思いきったように切り出す。

「ずっと……ずっと、言おうと思ってずっと言えなかったんだ……。
 ちゃんと言わなくちゃって思ってたんだけど……どうしても言えなくて……」
「………」
「僕達……一緒に暮らし始めて、5年にもなるんだよね……」
「………」
「そろそろ……きちんとした方がいいんじゃないかと思って……。」
「ヤス?」

黒木は、そこで息をすうっと吸った。

「僕達……本当のパートナーになろう」
「え?」
「僕と結婚してくれないか……ターニャ」

ターニャの目が驚きで見開く。
突然の言葉に口を押さえたまま、声も出ないようだった。
黒木が、恥ずかしそうに笑う。

「ずっと……待たせてごめん……」


きっかけを探していたのは、ターニャだけではなかったのだ。


ターニャの目が潤み、顔がぐしゃぐしゃに歪んだ。
ぐうぅと獣が呻くような声を出したかと思うと、黒木の胸に飛び込んだ。
肩を震わせて泣き続けるターニャの髪を、おずおずと、そっと優しく撫でる黒木。

じっと固唾を呑んで見守っていたのだめは、それを見て、そっと手を叩いた。
それに連なるかのように、周囲から徐々に拍手の輪が広がっていく。
サプライズのプロポーズに、ゲスト達からのたくさんの温かい拍手が送られた。

のだめも千秋も、顔を見合わせて笑い、いつまでもいつまでも手を叩いていた。