ねぇ、君は知らないでしょう?
いつの間にか、僕の背は君を追い越しているというこ とに。
 
 

 せなか
 
 
「リュカ!」
「のだめ!!」
「むきゃぁ〜!お久し振りデ ス!」
 
日本から遊びにやってきた、僕の初恋の人、のだめ。
日本人とは思えない積極的な態 度でハグしてくるその癖は今も変わらない。
彼女の髪から香る匂いが少し変わったかな。
それと……やっぱり少し違 う。
 
「のだめ、小さくなった?」
「え?のだめ身長止まってマスよ。…あ、でもリュカ! 目線が前と違う!」
「僕が大きくなったんだね」
「すごーい!のだめ、見下ろされてマス!」
 
僕の腕の中で無邪気にはしゃぐのだめは、全然年を重ねたように感じなくて、
僕だけ が急激に成長したような、そんな錯覚に陥る。
錯覚じゃなくて、それが本当の事ならいいのに。

だって、あれだけ感じていた年の差を埋められる、から。
 
いつまでも僕の胸に手を置いてきゃあきゃあ騒ぐのだめに、
心臓が高鳴らない訳がな い。
顔だってきっと真っ赤になっている筈なのに、どうしてのだめは
気付かないのかな。
気付 かない振りをしているようには見えない。
気付かないんだ。
 
数歩先で僕らの姿を見つめるあの男は、とっくに気付いているっていうのにね。
 
「リュカ、今度日本公演するんですよネ?」
「うん、N響とピアコンやったり、あと 個人的な演奏会もね」
「しゅごいです!のだめ、絶対見に行きますから!」
「招待するよ、千秋ご夫妻は」
「千 秋ご夫妻ッ!?あへー」
 
結婚して何年経ってもこの調子。
のだめの心が誰にあるか、一目で判る様子。
だから、だ。
彼女が僕の気持ちに気付かないのは。
自分が真っ 直ぐに彼を見つめているから、他からの視線を全く感じない。
良くも悪くも、一直線だという証拠。
 

「恵」
「はいっ!」
「桃華がホテルで 待ってるんだから、帰るぞ」
「えっ…もうデスか…もうちょっとリュカと喋りたいのに…」
「大丈夫だよ、のだめ。 僕来月日本に行くし、またその時ゆっくり話そう。ね?」
「……ハイ。じゃあ、また来月!お手紙下さいネ!」
 
バイバイ、って無邪気に手を振るのだめ。既視感を感じる。
そう、あれは千秋と結婚 する為に日本に帰るのだめの姿。
彼女の背中が幸せそうで、絡ませた腕…うきうきと踊る足……、あぁ、全てがあの日と一緒。
 
変わったのは、僕の背が伸びたことだけ。
 
のだめの気持ちも、僕の気持ちも……あの日と全く、同じなんだ。
そして…彼女の背 中を見つめることしか出来ないことだって、悔しいけど…
同じ、だ。
 
 

彼女の姿が見えなくなるまで僕はそこに立っていた。
胸の中を燻る思いは、まだ、消えそうもない。
 
 
 
END