『妻 の手料理』








最 近、のだめが料理に目覚めた。
週末になると、オレのアパルトマンに手料理持参でやって来る。
はじめは、変わり映 えのしないオニギリとたまご焼きだったものが、
回数を重ねる毎に、レパートリーもバリエーションも増えて、
食え ないこともない、という程度から、味も見た目も上達してきた。

――ビッ、ビーーッ!!
…… ホラ、来た。


「千秋せんぱーい!コニチハーーv」
「……おはよ」
「お はよ、ってー。もう11時デスヨ?」
真っ直ぐキッチンへと向かうのだめ。
持参したフリフリのエプロンをさっと身 に付け、持って来た料理を温め始める。

「美味そうな匂いだな。……今日は何?」
「えとー、 豚の角煮と、キュウリとカブの浅漬けとー、キンピラゴボウですv」
「うまそー……」
「ハイハイ、のだめが今用意 しますカラ、真一くんはそっちに座って待っていてクダサイ?」

ぐいぐいと背中を押されて、オレをソファに追いや ると、
手早くのだめが濃い目のお茶を入れ、オレの前に差し出す。
その熱い湯のみを持ったまま、こちらに背を向け て料理を温めるのだめの背中を眺めた。


甲斐甲斐しくオレの世話を焼くのだめ。
…… でも、オレは何故かそのことに、物足りなさを感じている。
“なにかが違う”そう……思っている。

料 理なんか出来なくても、掃除や洗濯をしなくても。
オレの顔を見て、にこりと笑って。
その指でオレの好きな音を紡 いで。
……オレが望む事は、ただそれだけ。


キッチンで火加減をみてい るのだめの背中を、ふわりと包み込んだと思った瞬間。
オレの視界がぐにゃりと歪んだ――




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「せ んぱい……千秋先輩!」
「ん……っ?」
眼に飛び込んで来たのは、オレの頬をペチペチと叩きながら、顔を覗き込む のだめの顔。

「あれ、オレ……?」
「もー、何寝ぼけてるんデスか。しかも、こんなトコで寝 てー」
のだめの言葉に気がついてみれば、ベッドの下、それも床の上で毛布を抱え込んでいる自分がいた。

(あ あ……なんだ、夢か……)

よくよく考えてみなくても、のだめが急に、あんな家庭的な女になる訳がない。
ど うせ夢ならもう少し、非現実的なあのシチュエーションを楽しんでいても……。
未だぼうっとしたまま働かない頭で、そんな事をつらつら と考えていると、
のだめがミミズクダサイ〜〜!とピーピー鳴き出した。

「お前、オレの事を 家政夫か何かと思ってないか?」
嫌味を込めて口に出す問いに、
「いいえー?のだめは、真一クンが作るご飯が、世 界で一番大好きなんデスv」
即答するその言葉に、心のどこかで嬉しく感じつつ。


“新 妻みたいな”のだめの姿も、いつか見てみたい気はするけれど。
夢の中で感じたように、オレは今のままの“のだめ”がいい、と思うに違 いない。
のだめの後ろ髪をくしゃくしゃにしながら、オレはキッチンへと向かった。









◆ オマケ◆



「……なぁ」
「なんですカ?」
「メ シ作ってやる代わりに、オレに何かご褒美とかないの?」
「ごほうびですカ?……いいですヨー、ピアノですか?」
「……… (耳打ち)」
「えっ!? い、いえあの、それは……」
「……ダメ?」
「ダ、ダメっていう か、えっと」
「なら、実力行使で」
「!! い…いいデスヨ……(小声)」



――  食後のDolceは、とびっきり甘く。






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