会議室に駆け足 で入って来た千秋を、捜査員達が一斉に注目した。

「犯人から接触があったそうだな」
「は い……それが」

捜査員は言いにくそうに口ごもった。

「千秋管理官を名 指ししてきました」
「は……?」
「現在つながっていますので電話切り替えます」
「逆探 は!」
「すでにやってます!」

千秋は、キッと向き直ると受話器を取った。
彩 子や、各捜査員も近くの受話器やスピーカーホンをとって耳に当てた。

「もしもし……」
『千 秋管理官ですか?』

受話器から聞こえている声は何か機械によって加工された声だった。

「音 声解析入ります!」というオペレーターのパソコンには音声解析の波形がモニター上に現れた。

「……そうだ」
『は じめまして』
「……警視庁に爆発予告をしてきたのは君か」
『そうです』
「……何が目的だ」
『そ んなに怖い声出さないでくださいよ。別に金銭目的じゃありません』
「じゃあ、いったい……」
『千秋管理官。あな たとゲームをしたいだけなんです』
「……ゲーム……?」
『桃ヶ丘近くの中華料理店に爆弾をしかけました。今から 10分後に爆発です。千秋管理官が一人で行って一人で解除してくださいね。
 爆発物処理班とか他の刑事を立ち入らせたら、すぐに爆発 させますよ』
「おい……」
『さて……間に合いますかね』

そこでブチっ と電話が切れた。

彩子は緊迫した声を出す。

「逆探は?」
「盗 難にあった携帯です。被害届け出てます」
「中継ポイント検索中です」
「……それにしても、桃ヶ丘署の近くの中華 料理店って……」
「おい!誰か所轄の人間呼んで来い!!時間がないぞ!!」

千秋は会議室を 飛び出した。



ちょうど廊下を歩いていたのだめにぶつかりそうになる。

「あ…… 管理官」
「ちょうどいい。来い!!」

千秋はのだめの手を引くと、署の玄関に向かって走り出 した。

「ここの近くにある中華料理店といったらどこだ!」
「はう……食事のお誘いデス か!?」
「違う!!いいから答えろ!!」

千秋の緊迫した声にのだめは走りながらえーっと考 え込んだ。

「……裏軒……のことデスかね?麻婆豆腐がおいしいんですヨ」
「そんなことはど うでもいい!早く案内しろ!!」





裏 軒についた千秋はのだめに言った。

「入り口で待ってろ!!いいか、絶対に中に入るなよ!!」
「ハ イ……?」

そう言い残すとのれんをくぐって店内に入る。

「いらっしゃ いませーーーっっ!!」

とにこやかな顔で出迎えたのはこの店の息子で出前担当の峰龍太郎だ。

「お 客さん、一名様ですか?」
「警察だ」

真剣な顔つきの千秋に警察手帳を見せられると龍太郎は ぽかんとした顔になった。
千秋は店内の客達に向かって叫んだ。

「この店に爆弾がしかけられ ている可能性がある。全員外へ待避しろ!!」

ちょうど夕飯時で賑わっていた店内ではキャーッと客の悲鳴が響き 渡った。
一斉に出入り口へ押し寄せる。

外で待っていたのだめは出てくる人達に驚きながらも その中で知った顔を見つけた。

「峰くん!!」
「おう、のだめか!」
「いっ たいどうしたんデスか?」
「……それが……さっき入ってきた刑事がこの店に爆弾がしかけられてるって言うんだよ」
「えっっ!!」

の だめは店の方を振り返った。

「千秋管理官!!」






そ の頃、千秋は無人となった店内で必死になって爆弾を探していた。

「くそ……どこだ……」
「管 理官!!」

そこへのだめが入ろうと入り口に足をかけると。

「入る な!!」

と怒鳴りつけられて、のだめはびくっと身体を震わせる。

「…… 俺以外の刑事が入ると爆発させると言っている……そこから先に入るな。お前もすぐに避難しろ!!」
「で、でも……」

の だめは、それでもそこから立ち去れずにキョロキョロと店内を見回していたが……。

「……管理官」
「早 く避難しろ!って言っただろう!!」
「違いマス……。そこにぶら下がってるメニューがありますよネ」

の だめが指さす方向を見ると、確かに壁には「ラーメン」や「麻婆丼」「餃子」などの板がぶらさがっている。

「…… それがどうした?」
「その……右端の……クラブハウスサンドっていう板は、昨日まではかかっていませんでしたヨ」
「何……?」

…… 確かに中華料理店にクラブハウスサンドはおかしい。

「峰パパが特別にって時々出してくれるんですが……メニュー としてはいつも出していまセン」

千秋はその板をそおっと掴むと釘から外した。
するとそこに は小型の起爆装置が取り付けられていた。

「管理官!!」
「入るなって言っただろう!のだ めっ!!」

怒鳴りつけられてのだめはまた立ちすくむ。
千秋は携帯用の工具をポケットから取 り出すと、ゆっくりと起爆装置のパネルを開けた。

「……爆弾の構造自体はそんなに難しくはない……だが……」

コー ドが3本ある。赤と緑と茶色だ。そのうちの2本は多分囮だろう。

「くそ……」

カ チッ……カチッ……店内にある時計の音が響く。
起爆装置に仕掛けられたタイマーもあと1分だ。

「…… カンで切るしかないのか……」

大きく息を吸い込みながら千秋は店の入り口に立っているのだめへ問いかけた。

「な あ……お前、どれだと思う?赤と緑と茶色だ」
「へ……?」

のだめは突然問われたので頭がパ ニックになった。

「あ、あ、あ、あ、赤!」
「……よし、赤だな」

そ う言って千秋は赤のコードに手を伸ばした。
慌ててのだめはそれを静止する。

「や、やっぱり 緑、緑だと思いマス!!」
「緑……でいいんだな?」
「あーーーーすいません!!やっぱり茶色にしマス!!」
「いっ たいどれだよ!!」
「そんな……そんなこと、のだめに聞かれてもわかる訳ないじゃないデスか……」

…… その通りだ。
俺は何を人任せにしようとしてるんだ。
千秋はチッと舌打ちをいした。

「悪 かった……早く避難してくれ。どのくらいの爆発の規模があるかわからない」
「でもっ……」

そ こへ。

「千秋管理官!犯人が再度接触してきました!そちらにつなぎます!!」

千 秋が装着していたインカムのヘッドフォンからまたあの機械的な声が聞こえてきた。

『千秋管理官、どうやら起爆装 置にたどり着いたみたいですね』
「………ああ」
『だけど3色のコードのうちどれを切っていいのかわからない。そ うでしょう』
「………」
『時間内に探し出したご褒美に教えてあげます。緑ですよ』
「!!」

会 議室にいた彩子が叫んだ。

「待って!真一、罠かもしれないわ!!そう簡単に教える訳ないもの!!」
『別 に罠ではありませんよ』

犯人はこちらの無線が聞こえているかのようにそう言った。

「…… なんで、そんなことを教える?」
『私はまだまだ、あなたとゲームがしたいだけですよ。一度で終わってしまっては面白くない』
「………」
『さ あ、早く切らないと爆発しますよ。言っておきますがそれは店もろとも吹っ飛ぶくらいの爆弾です。入り口にいる彼女が危ないんじゃないかな』

千 秋は、はっとして入り口ののだめを見た。
のだめは怯えたような表情をしながらも、千秋のやり取りをずっと見ていたらしく避難する様子 はない。

……あと10秒。

考えてる時間はない。

千 秋は緑色のコードに手を伸ばした。

3……2……1……。

そして千秋は 緑のコードを携帯用ニッパーで切断した。

…………………………。

…… 沈黙が訪れる店内。

千秋は、はあ……と息をつくと肩の力を抜いた。
ふと自分の掌を見つめ る。
緊張のせいだろう、汗をびっしりかいていた。

「管理官!!」

の だめが店内に飛び込むとそのまま押し倒すような勢いで千秋の首に抱きついた。
千秋はその手をほどこうともせずに、そっと震える背中に 手を回した。





続く。