「えーっと彼女は、僕が日本にいた時、以前担当した事件の関係者で……」
「あの……その……あ、お金を借りたんデスよ」
「あ、そうそう、そうだったよね」
「ちょっとプリごろ太の限定人形が欲しくて……お金が無くて電気も水道も止められてて」
「大変だったんだよね、あの頃は」
「借りたままずっと返してないの思い出して……思わず逃げてしまいました」
「そうなんです、そういう訳でお金は先ほど返してもらいました、ね!」

捜査本部のメンバーの前でしどろもどろに説明する2人。
それからそろって頭を下げる。

「「お騒がせしてどうもすみませんでした!!」」



全員が思っていた。

………………嘘くせえ(笑)。



「……そんなことはどうでもいい」

もちろん2人の言い分を信じている千秋ではなかったが、今はそんなことに構っている場合ではなかった。
……そう、過去に2人に何かがあったとしても……自分には関係ない。

「それよりも君はこの事件のネゴシエーターとして任務についてもらう訳だが……」
「はい。今までの通信記録を見せてください」
「誰かICレコーダー持ってきて!。それとプロファイリングの状況は?」
「はい」

そこでリュカが立ち上がった。
少年でありながらIQ180の頭脳を持つリュカは、少ない手がかりをもとに行動科学、犯罪学、心理学を使って犯人像を推定するプロファイリングチームの一員としてもかなりの功績を挙げている。

「現状データの条件付きで犯人像を推定します。推定20代後半〜30代前半。性別不明。第一級クラッカーとして認証。
 過度の自己顕示欲並びに、目的達成過程を全て自己管理したい欲求あり。
 その他各種類推から、単独犯の可能性が高いです。……千秋管理官に怨恨等何かしらの特別な感情を持っていて彼を支配し、全ての行動、思考、感情までも自分の支配下に置きたいのだと推定されます。以上」
「……つまりは千秋管理官のストーカーってことデスか……」

のだめがポツリと呟いた。それを聞いた彩子は、キッとのだめを睨み付けた。

「ー何やってるの!!。所轄の捜査員は自分の持ち場に戻りなさい!!」
「は、ハイ!!」

そう言ってのだめが慌てて会議室を出ようとした瞬間。

机の上の電話が鳴り響いた。





彩子は微笑んで言った。

「……来たわね。……逆探知用意」

黒木は冷静にアタッシュケースの中からストップウォッチを取り出しスイッチを押した。

「こちらに回してください」

黒木の前の電話から保留音が流れる。
……だが、黒木は何を思ったか、その受話器を取ろうとはしなかった。
彩子が苛立ちを隠せない口調で言う。

「……何をしてるの、早く取りなさい!!」
「………」

それでも受話器を取ろうとしない黒木。
しばらく保留音は鳴り続けたかと思うと……やがて切れた。

「どうしたんだ!」とジャン。
「今更になって怖じ気づいたんじゃないでしょうね!!」

興奮してくってかかる彩子に黒木はストップウォッチを見ながら言った。

「……20秒です。相手はこちらと話したがっています。……こっちのペースに引きこみたいんです。きっとまたかかってきますよ」

黒木が予言した通り、再び電話が鳴った。
黒木は少しも慌てる様子もなく、冷静な表情で着信ボタンを押す。

「もしもし」
『……千秋管理官に代わってほしいんだけど』

黒木は千秋の方をチラリと見る。

「ごめんね。たった今から君との交渉役として僕が任命されたんだ。千秋管理官は近くにいるよ」
『……貴方にに用はないです。千秋管理官に代わって下さい』
「千秋管理官とのやり取りには僕が取り次ぐよ。上からの命令なんでね」
『……貴方……もしかして交渉人って奴ですか』
「うん、まあ、そういうことになるかな」
『……まあ、別にいいですけどね。話す相手は誰だって関係ないですし』
「了解してくれてありがとう。……ところで、君の名前を教えてくれる?」
『……名前?』
「交渉するのにお互い名前を知らないと不便でしょう。ニックネームでもいいから教えてくれないかな」
『……じゃあ、メリー……とでも呼んでもらいましょうか』
「わかりました。メリーさん。僕は警護課特殊班の黒木泰則といいます。よろしくね」
「黒木さん……ね」

リュカがいらいらしたような表情でのだめに囁きかけた。

「なんだよ……あいつ。挨拶とかしてる場合じゃないだろう!!」

多少、怒気を含んでいるのは、あの黒木という警視がのだめと何か関係があったらしいということから来ているらしい。

「……のだめにも、よくわかりまセン……けど」

のだめは小声で答えた。

「……ただ、黒木くんはすごく落ち着いていマス……少しも焦っていまセン……あくまでも、自分のペースで話を進めているように見えマス……」

その間にも黒木と犯人の交渉は続いていた。

「君の目的は何かな?」
『千秋管理官とゲームをしたい、ただそれだけですよ』
「そのためだけに、あちこちに爆弾を仕掛けて歩いたの?なかなか用意が大変だっただろうにね」
『……そうですね』
「千秋管理官に何か、恨みでもあるのかな。ずいぶん彼に固執しているみたいだけど……」
『それは、ノーコメントですよ、黒木さん。それを調べるのがあなた達警察の役目でしょう?』
「……確かにね」

しばらくの沈黙の後、機会的な声はこう告げた。

『次のゲームを始めますよ。……と、その前に。中華料理店の時、私はこう言いましたよね「千秋管理官一人だけで行くように。他の刑事を立ち入らせないようにって」』

黒木は顔をあげ、千秋と目線を合わせる。千秋は無言で頷いた。

「……その通りにしたよ」
『嘘ですね。女刑事を連れていき、爆弾の在処を発見させていたじゃないですか。ボブカットの若い可愛い女刑事』
「……彼女は刑事じゃないよ。ただの店にいた常連客だよ」
『黒木さん、ここまで来たら嘘は無しにしましょうよ。彼女が桃ヶ丘署の刑事だってことを私は知ってるんですよ』
「………」
『そこでなんですが。せっかくゲームに参加してもらったからには彼女にも最後までつき合ってもらおうかな』
「おい!!」

千秋は黒木の電話を奪い取るようにして受話器を取った。

「お前の指示通り、あいつは店内に入らなかった。入り口のところで止まっていたのをお前も見たんだろう?……彼女は関係ない!!」
『千秋管理官ですか?……彼女のことになるとずいぶん必死ですね』
「………」
『確かに彼女は店内に入りませんでした。だから私も約束通り爆弾を爆発させたりしなかった。……だけど、爆弾の在処については彼女の指示を受けましたよね』
「!!」
『ルールを変えます。今度は○○地区の○○通りの地下鉄の○○駅南口の外にあるゴミ箱に爆弾を仕掛けています。15分後に爆発をします。「くれぐれも」千秋管理官と彼女の2人だけで行ってください。あ、車は使わないでくださいね。
 2人が時間通りに着けたらまた解体するコードの色を教えます。
 ただ、間に合わなかった場合には……』

BOM!!と犯人は悪戯っぽい口調で爆発の真似をしてみせた。

『じゃあ、また後で』

そこで電話が切れた。ツーツーという音だけがむなしく響いた。








「逆探!どうなの!?」

彩子のかん高い声に、オペレーターの一人が答える。

「……今度は違う携帯からでした。被害届出ています」
「中継ポイントは○○地区」
「犯人が指定してきた場所と同じだ!!」
「『メリー』をキーワードに検索をかけろ!!」

膨大なデータから有効と思われるものがオペレーター達のPCのディスプレイ画面に表示される。
ジャンが立ち上がった。

「全捜査員を○○地区に向かわせろ。きっと奴はどこかで千秋管理官達が来るのを見張っている筈だ!!……千秋管理官」
「……わかっている。今からすぐに向かう。のだめ、悪いが犯人の指定した場所に案内してくれ。15分で行ける場所なのか?」
「ハイ。行けマス。……だけど」

のだめはごくっと唾を飲み込んだ。

「全力疾走でデス」




すぐにのだめと千秋は桃ヶ丘署を飛び出した。
のだめは尋常でないスピードで千秋を先導する。

「お前……全力疾走……ってなんだよ、その殺人的ペースは!!」

のだめの背中を追いながら千秋は文句を言う。

「このくらいのペースじゃないと間に合わないんデスよ。それとも、なんデスか?いつも車で送り迎えの千秋管理官はもうギブアップですか?」
「……なめんなよ、毎日の日課のマラソンだけは欠かしたことはねえ!。お前こそ、途中でバテるんじゃねえぞ!」
「もちろんデス!。所轄は足を使ってナンボの仕事デスから」
「……上等!!」





「裏軒に仕掛けられていた爆弾解析の結果が出ました。起爆装置は○○公園にあったものと同型ですが爆弾本体は大きいです」

爆発物処理班からの報告を彩子は眉間に皺を寄せながら聞いていた。
せっかくの美人なのに、台無しだな……とこんな事態にもかかわらずジャンはひそかに思う。

「つまり……犯人の言葉通りに店が吹き飛ぶくらい……ってこと?」
「はい。公園のものとは比較にならない規模の爆薬が仕掛けられていました」
「………」
「携帯電話からのコールで簡単に起爆信号が送れるってことか……」
「これは厄介ですね」

黒木は相変わらず落ち着いていて表情一つ崩さない。

「店内に仕掛けられていた監視カメラ発見されました」
「受信波がどこでキャッチされているか至急調べて。それとカメラの購入ルートをすぐに調べなさい!。どういうルートを使ったにせよ、どこかに記録が残ってる筈よ!。
 所轄、聞こえてる?全部あなた達がやるのよ!」

街を巡回中の片平係長はうんざりした顔でぼそっと呟いた。

「はーい」
「つまり眠るなってことだよネ」

大きくため息をつくのはパトカーに同乗していたユンロン。
彼の表情も疲れを隠せなかった。
その時、桃ヶ丘署の一人の捜査員が捜査本部のある会議室に入り、彩子に向かって報告した。

「あの。さきほど羽田空港の税関から連絡がありまして、密輸で押収した拳銃一丁が行方不明になったと」
「関係ないことはいいの!」

キッとした顔で睨み付ける彩子の剣幕に、捜査員は肩をすくめた。

「すみません」






○○地区は繁華街が近いこともあり、多くの通行人が行き交っていた。
地下鉄の列車が、地下の駅に轟音をたてて入ってきた。
そしてまた大勢の乗客達が駅のホームに降り立ち、また街の人混みの中へ紛れて行った。

「管理官!あそこデス。のだめがいつも乗り降りしている地下鉄の場所ですから間違いありません」

のだめと千秋は激しく息を切らしていた。
体中は汗びっしょりで、心臓がどっくんどっくんと鳴る音が響き、今にも破裂してしまいそうだった。

「奴の言っているごみ箱はどこだ!」

千秋は周囲を見回す。
こうしている間にも犯人は2人を監視しているかもしれない。

「ここデス!ここにありました!!」

のだめが一つのゴミ箱から見るからに怪しげな箱を取り出した。
ゆっくりと慎重に箱を開けてみると……中には裏軒で発見したものと同じ起爆装置が入っていた。

「これか……」






会議室の電話が鳴り響く。

「犯人、再接触してきました!」

オペレーターが受話器を持ち、黒木に向かって叫ぶ。
黒木は眉一つ動かすことなく切り替えられた電話に出る。

「やあ、メリーさん……かな」
『黒木さんですか』
「うん、そうだよ」
『2人は無事に起爆装置を発見しましたね』

「のだめ、周囲を見ろ」
「………?」

インカムから聞こえてくる無線を聞きながら、千秋が声をひそめて言う。

「奴は俺達をどこかで見ているんだ…」

のだめは注意深く辺りを観察するがゴミ箱の前で緊迫した2人に目もくれずに、多くの通行人が行き過ぎるだけだった。

「管理官……メリーさんの都市伝説って知ってマスか…?」
「なに?」

のだめの唐突な質問に千秋は聞き返す。

「夜中に電話がかかってくるんデス。
 出ると『あたしメリーさん。今ゴミ捨て場にいるの』と言う声がするんデス。
 電話を切るとまたかかってきて『あたしメリーさん。今タバコ屋さんの角にいるの』
 そしてついに『あたしメリーさん。今あなたの家の前にいるの』という電話があるんデス。
 その人は思い切って玄関のドアを開けたんですが、誰もいまセン。やはり誰かのいたずらかと思った直後、またもや電話があって……」
「………」
「『あたしメリーさん。今あなたの後ろにいるの』」






続く。