ーどこかでベトベンの曲が鳴っている…。
交
響曲第7番だ。
夢うつつで聞いていたのだめは、それが携帯電話の着信音であることにしばらく気がつかなかった。
一
度目を開けて音の所在を確認し、もう一度目をつぶり手だけ伸ばしてその周辺を探る。
やっと手にそれらしきものが当たったので、掴んで
通話ボタンをピッと押し携帯を耳に当てた。
「ーもしもし」
『!』
「も
しもし?」
『………』
最初にハッと息を呑むような音が聞こえてきただけで、後はずっと無言
のままのため、のだめが携帯を切ろうとした瞬間。
『…あんた…誰?』
ボ
ソッとした声が聞こえてくる。
「のだめデス」
『……これは千秋管理官の携帯じゃ…』
「あー…、
管理官、いますいます」
のだめは頭だけむっくり起こして周囲を見回した。
「横
に寝ていマス」
『………!!』
絶句する受話器の向こう側を無視して、のだめは傍らにうつ伏
せて寝ている千秋を揺り起こしにかかった。
「かんりかん…でんわ……起きて起きてぇ」
「あ
〜〜〜〜?」
これまたぐっすりと寝込んでてなかなか目を開かない千秋の耳元に携帯を押しつける。
「だ
れ?」
『ー管理官?…そこで何をやっているんですか!』
千秋はがばりと起きる。
「高
橋か!」
のだめは目をこすりながらそんな千秋を見ていた。
「ーああ…
悪い…そんな予定じゃなかったんだがうっかり寝過ごしてしまって……。
ー違う。お前が考えているようなことじゃない。誤解するな!。
そ
れよりも、捜査の進展はどうだ。……うん……うん……うん、そうか…。今からすぐ本部に戻る。
ーうるせえっ!!耳元でギャンギャン喚
くな!!」
ブツと無理矢理、携帯を切って千秋はため息をつく。
「電
話…誰からデスか?」
「…捜査一課課長の高橋だ…。…なんでオレ、…いつの間に…?」
「あー昨日、管理官は狂っ
たようにすごい勢いでのだめの部屋の掃除を始めて…ゴミ出しをして、掃除機をかけて、洗濯機をガンガン回して、
風呂のカビを落とし
て、台所をピカピカに磨き上げて、床にワックスまでかけてくれて…多分、その辺でばたりと意識を失って寝ちゃったんです」
「………」
「お
かげで、のだめの部屋はピカピカデス♪」
千秋が頭を抱えたまま周囲を見回すと、確かに昨日の泥棒に入られたよう
な惨状の部屋とはうってかわって清潔できちんと整頓された部屋になっていた。
朝の光が、磨き立てられたピアノに反射して少し眩しい。
「管
理官、朝御飯、何にしますか?のだめ、パンでも買ってきましょうか」
「ーそんなことより…車を急いで出せ!」
「ム
キャ?」
「本部へ戻るぞ!!」
桃ヶ
丘署に戻った二人。
かつかつと靴の音を響かせながら署内に入る千秋と、ぱたぱたと子犬のように後からついていくのだめ。
…
なんだか…二人を見る周囲の視線がおかしい…。
そのまま本部に足を踏み入れた千秋に高橋が飛びつくようにして抱きついてくる。
「か、
管理官〜っ!!」
「おいっ、高橋!なんなんだ!」
高橋は千秋の腰にしがみついたまま、しゃ
くりあげる。
「ひっく…嘘ですよね。ー嘘だと言ってください…。管理官が、この女の家で一夜を明かしただなん
て!!」
高橋の大声に本部内にいた人間が全員、振り返る。
千秋は顔を周囲に向けうろたえる
と、高橋を引き剥がそうと懸命になった。
「ち…違う!お前、何の話をしているんだ!!」
「い
や〜そうだったんデスか…千秋管理官」
そこへあらわれたのは、シュトレーゼマン署長と松田副署長。
「昨
日、なかなか帰ってこないから皆で心配してたのデスが…そういうことだったのですネ」
「管理官、ネクタイが昨日と同じですよ」
に
やにやと笑う松田副署長に、千秋は顔が青くなり懸命に首を振る。
「いや!断じて違う!!ーこれには訳があっ
て…」
「野田さんは少し、顔色が悪いんじゃない?」
「…千秋管理官が昨日、寝かせてくれなくって(掃除させられ
て)…睡眠不足なんデス」
のだめはふうっとため息をつく。
それを聞いた高橋はわっと机に泣
き伏した。
「か、か、かんりかん〜!!」
「ーおい!誤解されるようなことを言うな!!」
「野
田サ〜ン!お手柄デス!!やりましたネ!」
「…?…?。ハイ!のだめ頑張りました!!(運転手とか)」
シュ
トレーゼマンの拍手に、のだめは訳がわからない様子だがとりあえずガッツポーズをとった。
そ
れから、泣きわめく高橋を引きずるようにして千秋は本庁の方に戻った。
のだめも刑事課に戻り自分の机に座る。
ー
ふと、自分を見ている隣の席のカイ・ドゥーンの視線に気づく。
「ーどうしたんデスか?」
「……
いや……昨日はずいぶん大変みたいだったネ」
「…?。(よくわからないけど)ハイ!初仕事デスから!!」
にっ
こり笑うのだめにドゥーンはため息をついた。
そこへ。
「…着任そうそう、やるね」
向
かい側の席から、リュカが軽蔑するような目つきでのだめを見た。
「ー体を使って管理官をたぶらかすなんて…。も
しかして、玉の輿ねらってんの?」
のだめはそれを聞くと、つかつかとの机に回り込んでボカッとリュカの後ろ頭を
こづいた。
「いってえっ!!何すんだよ!!」
「子供のくせに何て口の利き方をするんデス
か!」
「だからって殴ることないだろ!パパにも殴られたことないのに!」
「じゃあ、のだめがリュカのお父さんに
かわって愛の鉄拳を下しマス!!」
わあわあと言い合う二人に、片平がおろおろしながら言った。
「あ
の…ほら、二人とも…喧嘩はやめて…。ーそうだ!まだ、野田さんの歓迎会やってなかったですよね!」
「へ?」
「今
日、店に予約とりましょう!え〜っと…うつぼ八、空いてるかな〜」
いそいそと電話帳を開く片平に、リュカがおそ
るおそる話しかける。
「あの…でも、係長…まだ特捜設置中ですよ…」
「いいんですよ!。聞
き込みに行くって言って出て、後からこっそり皆で店に集合すれば」
「係長…あんた…仕事は出来ないくせに、こういうことには一生懸命
だネ…」
「何か言いましたか?ドゥーンさん」
「……イエ……別に……」
にっ
こり笑う片平に、ドゥーンは何も言うことが出来ない。
片平は、ちょうどその場を通りかかったユンロンに声をかける。
「あ
あ、ユンロン。よかったら君も来ないかい?野田さんの歓迎会」
「片平係長の奢りですか?じゃあ行きます!」
「何
言ってんの。ボクにはまだ育ち盛りの子供がいるんだよ?そんなことする訳ないじゃない」
「………」
「野
田くんの刑事課強行犯係配属を祝って、かんぱ〜〜〜い!!」
ここは桃ヶ丘署近くの居酒屋『うつぼ八』。
の
だめとドゥーン、片平、リュカ、ユンロンが手に持ったジョッキをカチンと鳴らした。
「…でも、大河内課長よばな
くてよかったんですか?」
さすがにビールではなく、オレンジジュースを飲みながら言うリュカに片平が手を振って
答える。
「いーの、いーの。よんだらうるさいし。それにあの人は本店へのゴマすりに一生懸命だから」
「…
あんな所轄でゴマをすっても先は見えてるのにな…」
ため息をつきながら呟くドゥーン。
そこ
へ、店員が注文を取りにやって来た。
「ムキャ!のだめは、鳥の唐揚げと刺身盛り合わせとエノキベーコン炒めとも
ずくとたこわさとチーズの包み揚げともつ煮込みと
豆腐サラダでお願いしマス!ラストは鮭茶漬けで!」
「ボクは、
焼き鳥盛り合わせーああ、アスパラ巻きと手羽先追加ネ。あと、じゃがバターとお好み焼きとピリ辛ウィンナーとほっけ焼きと
枝豆とイカ
の下揚げと牛肉のたたき!ウニ丼一緒に持ってきて!」
すごい勢いで注文するのだめとユンロンに、残りの3人は唖
然となる。
「お前ら…本当に…それ全部食べきれるのか…」
「ビー
ルおかわり〜」
のだめが空のビールを持ちあげる。
ひっくひっくとしゃっくりが出て、かなり
出来上がってるようだ。
「ドゥーンさん…あと少しで定年ですね…」
片
平が寂しそうにドゥーンにビールを注ぎながら言った。
「フン…別に未練はないけどネ。退職したら…好きなだけ
ヴァイオリン弾けるし…そのうち子供教室でも開くさ」
「いいですね。うちの子供も習わせようかな」
「私の練習は
厳しいヨ〜。…いつかソリストを育てたいんだ」
「へえ…」
「それから、息子の嫁も探さなきゃいかん」
「あ
れ?息子さんまだ独身でしたっけ?ーなら、野田さんなんかどうですか?。可愛いし明るくて素直そうだし」
「ーあんな食費だけで家計を
潰してしまいそうな嫁はいらん!!」
振り返るドゥーン。
「ム
キャー!!。ユンロン、また枝豆を一つ多くとった!!」
「何言ってるんだヨ!のだめの方が殻の山が大きいヨ!」
「ちょっ
と!のだめとユンロンばっかり食べてないで、ボクの分ちゃんと残しておいてよ!」
がつがつと餓鬼のように口に食
べ物を押し込む二人に耐えきれなくなって、リュカが叫ぶ。
このままではテーブルにある料理全てをこの二人が食べてしまいそうだ。
「の
だめの方が絶対に多く食べてる!」
「違いマス!ユンロンデス!」
「だいたいこれはボクが頼んだんだヨ!」
「ユ
ンロンだってのだめの唐揚げたくさん食べたじゃないデスか!」
「じゃあ、どっちが多く食べたかお互いに枝豆の殻を数えてみようヨ!」
「い
いですヨ!い〜ち、に〜い、さ〜ん……」
目の前の枝豆の空の皿が、ひょいっと上に持ち上げられてのだめは思わず
見上げる。
ドゥーンがしんそこ呆れたような顔で立っていた。
「……まったく……お前達はた
かが枝豆のことくらいで……3皿くらい追加注文しろ!!」
「えっ!ドゥーンさんの奢りですか?」
「もちろん係長
の奢りだ」
キラキラと目を輝かせる二人。
「ムキャー!そしたらデザー
トにチョコパフェも追加デス!」
「ボクも」
「じゃあ、ボクは杏仁豆腐で」
「……抹茶アイス
クリーム」
「ちょ、ちょっと…皆さん…」
二
次会は近くのカラオケのあるスナックに行った。
「じゃあ、片平元!いつも家でボクの帰りを待っている愛する妻に
この歌を捧げます!。曲は I Love You!」
アイラ〜ブユ〜〜。
目をつぶり完全に
自分の世界にひたってしまっている片平を完全に無視して、のだめとユンロンとリュカは
顔をつきあわせて曲を選んでいた。
「ム
キャ?リュカ、ゲキレンジャーの曲ありますヨ」
「…のだめ。ボクをいくつだと思ってるの?もう、そんな番組とっくに卒業してる
よ!!」
「はう〜、そうですか(自分が聞きたかったらしい)。ーあ、クレヨンしんちゃんがある!のだめこれ歌おうっと♪」
「………
待ってよ!クレヨンしんちゃん、ボクが歌う!」
歌を終わって汗を拭いている片平からマイクを取り上げると、のだ
めとリュカはわあわあ言いながら奪い合う。
そのうちに入力したクレヨンしんちゃんの曲が始まったので、二人で仲良く口を揃えて歌いは
じめた。
おしりフリフリ魅力的〜♪。
「…なんだかんだいって仲がいいよネ。あの二人」
ユ
ンロンがあっけにとられながら言う。手元には、ジントニックのグラスがあった。
「リュカがあんな子供らしい顔し
ているの初めて見たヨ」
「…精神年齢が一緒なだけだ」
ドゥーンが水割りのグラスの氷をカラ
カラと鳴らしながら渋い顔をする。
「それは、リュカの精神年齢が高いの?それとものだめの精神年齢が低いの?」
「両
方」
「………なるほど」
納得したようにユンロンは頷く。
「…
どう?のだめは使い物になりそう?ドゥーンさん」
「…さあ…どうかな。…たんこぶができるまではわからないな」
「た
んこぶ?」
「ー事件をいくつもやっていくうちに、被害者ばかりじゃなく私達刑事も傷つくことがある…
問題はその
たんこぶをあの子が乗り越えられるのかどうかだよ。
…案外、もうすでに抱えているのかもしれないが…」
「………」
「ユ
ンロンだって、そうだろう」
「………」
「知ってるぞ。火曜日になると残業もそこそこにさっさと帰ってるだろう。
ー
まだ、引きずってるのか?」
「そんな…ただの偶然だヨ…。
そういうドゥーンさんだって、昔の事件の資料いつも持
ち歩いているくせに」
ドゥーンはふっと笑うと鞄の中から古くてボロボロになった捜査資料を取り出した。
パ
ラパラと無造作にめくる。
「ーこれは私のたんこぶだよ。…この事件を解決するまでは私の傷は治らない…そういう
訳で、ヨロシコ!」
そう言うとドゥーンはのだめ達に向かって怒鳴る。
「ー
おい!いつまでマイクを握っている!次は私の番だ!『矢切の渡し』入れてるんだぞ!!」
じゃ
あね〜と言ってのだめは片平係長、ユンロン、リュカに手を振って別れをつげた。
さっさと歩き出すドゥーンの後を必死に追いかける。
「…
なんだ、君もこちらの方向か」
「ハイ。地下鉄の駅までご一緒させてくだサイ」
そのまま無言
で歩く二人。
「あの…」
と、のだめがドゥーンに話しかける。
「事
件の方は解決するんでしょうか」
「ーさあな。私達支店は、言われた通りのことをするだけだ。君のお気に入りの千秋管理官次第じゃない
か?」
「はう〜。…そんなお気に入りだなんて…」
赤くなって照れるのだめ。
そ
れからキッと顔を引き締めるとドゥーンに向かって頭を下げる。
「ドゥーンさん!お願いです。どうか捜査のやり方
を教えてくだサイ!」
「…疲れるほど働くなよ。そんなにあの管理官に気に入られたいのかい?」
「ーもちろん、千
秋管理官の役に立ちたいっていう気持ちはありマス…。でも…それ以上に…」
アンナの悲しそうな表情がのだめの胸
をよぎる。
心の底から沸き上がる熱い気持ち。
「…この事件をなんとかして解決したいんデ
ス…」
「………」
「ーどうか、お願いしマス!」
ドゥーンは振り返って
のだめを見た。
のだめの真剣な眼差しがドゥーンのそれとぶつかる。
「…支店には支店のやり
方がある…。ーついて来い」
「ハイ!!」
こ
こは六本木の中心街だ。
深夜だというのに、飲みに出た人々で溢れかえって賑わっている。
そこへキキッとタクシー
が一台停まった。
中からドゥーンとのだめが降り立つ。
ドゥーンは一軒の高級レストランの中へ入っていった。
「ー
ここは?」
のだめがドゥーンに問いかけた瞬間、店員の一人が奧へ行こうとする二人を呼び止めた。
「お
待ちください、お客様」
「オーナーに言ってくれ。桃源郷の長老が来たってネ」
「…?」
ほ
どなくして古株の店員が現れ二人は奧へ案内された。
明かりが少なく、暗い中を細い急な階段を下りていくのだめとドゥーン。
店
員が申し訳なさそうにドゥーンに謝る。
「…すみません、ドゥーンさん。あいつ入ったばかりなもので…」
「気
にするな」
階段を下りきった所は広い地下室になっていた。
豪華なシャンデリアが輝き、たく
さんの客がテーブルを囲んで何かゲームのようなものをしている。
どうやらかなりの札束が行き交っているようだ。
あっ
けにとられて声も出ないのだめにドゥーンは言う。
「ーここは非合法のカジノだヨ」
「………」
「オー
ナーはあちらにいます」
部屋の一番奥に、一人の男が座っていた。
坊主頭で一見この場所に似
つかわしくないような風貌だが、その目つきは鋭く、ただ者ではない雰囲気を漂わせていた。
「ー元気が?キクチ」
「ドゥー
ンさん、お久しぶりですね。そちらの若いお嬢さんは?」
キクチと呼ばれた男は、のだめの方を見てにっこり笑う。
の
だめは慌ててぺこりと頭を下げた。
「ー野田恵デス!どうかよろしくお願いいたしマス!」
「ボ
クの同期だヨ」
「ずいぶん可愛らしい相棒を手にいれたようですね」
のだめはそっとドゥーン
の耳元で囁いた。
「ー誰なんデスか?この人」
「昔、別の署にいた時に傷害でちょっと、な」
「あ
の時はお世話をおかけしました」
ちゃんと聞こえているのだろう。
キクチは気分を害した様子
も見せないで、不敵に笑う。
「それが今じゃ六本木のドンだ。出世したな」
「おかげで女の子
には不自由しません」
「…あんまり四方八方に手をだすんじゃないヨ。どこから足がつくかわからないからネ」
「肝
に銘じます」
ドゥーンはオリバーの写真を見せた。
「探してるんだ。ー
知らないか?」
「この世界で知らない奴はいないですよ。…ああ、それで今夜は街ん中お巡りだらけなのか…。クスリの奴ら片っ端からあ
げられてます」
「ーそれで、どこにいるんデスか!教えてくだサイ!!」
思わず身を乗り出す
のだめに、キクチはにっこり微笑んだ。
「ーまあ、そんなに慌てないで。…そうだね。一度デートしてくれたら教え
てあげるよ」
「ぼへっ!。で、デートですか…」
「もちろん昼間の健全なデートでかまわないよ。どこがいい?映
画?遊園地?動物園?」
「…あ、あの…その…」
うろたえるのだめにドゥーンが助け船を出
す。
「おいおい、あまりからかわないでくれヨ。まだ入ったばかりなんだ」
「こりゃ、失
礼。ーそうだね。ドゥーンさんにはいつもお世話になってるからなあ。特別に教えてあげるよ」
「………」
「最近い
つ来た?」
「ここんとこは来ないですよ。Kが動いてますからね」
「厚生省が?」
「こいつは
ロスから日本へクスリを密輸している売人でしてね。日本に売人の組織を作ろうとしてるんだ」
「………」
「殺され
た長田という男とは昔からの知り合いらしいです。彼は近々絵画の個展を開くようになってたでしょう。売り物の絵の額に紛れさせて
クス
リをばらまく予定だったみたいですよ」
「ーどうして殺された?」
「さあね。何かトラブルでもあったんじゃないで
すか?」
「………」
「あちこちを点々としているらしいからね。残念だけどボクにも現在の所在はつかめないんで
す。ーただ、こいつは無類のアニメ好きだということ
ですからそちらの方面からもルートを作ろうとしてた筈です。アニメショップを拠点
としておいてね」
「ー!……もしかして…Prilin…デスか」
「たった今、たれ込みがあって警察も家宅捜索を
始めている筈だよ」
ショックを受けて立ちつくしているのだめの肩に手を置きながらドゥーンは言った。
「あ
りがとう。また来るヨ」
「お役に立てなくてごめんね、お嬢さん。今度デートしようね」
のだ
めとドゥーンは店から立ち去ろうとする。
店員の一人がドゥーンに声をかけた。
「ドゥーンさ
ん、今日はバカラやってかないんですか?」
「…ドゥーンさん、やったことあるんデスか?」
「この人強いんだよ」
「余
計なこと言うな!」
のだめ
とドゥーンはそのままタクシーに乗って、Prilinの店の前まで来ていた。
覆面車が大々的に停まっており、たくさんの捜査員達が店
の中から段ボールに入った押収品を運んでいた。
のだめはその中に千秋管理官の姿を見つけて駆け寄った。
「ー
千秋管理官!」
「…なんだ。お前か。おい!そこの段ボール一式をすぐに鑑識に回せ。あと店主フランクの消息が不明だ。全署にFAXで
顔写真を通達しろ」
「管理官!どうしてのだめ達に連絡してくれなかったんデスか!」
「その必要はないからだ。ー
支店の出る幕じゃない」
「そんな…」
なおもくってかかろうとするのだめの肩をドゥーンは強
く掴むと静かにかぶりを振った。
「ーここで私達のするべきことはない。帰ろう」
「………」
の
だめは後ろ髪をひかれるような気持ちで、きびきびと指示を出す千秋のもとを立ち去った。
続
く。