マルレ・アニメフェスティバル。
世 界中のアニメファンが一堂に集結する夢のイベント。
近年の話題を独占してきた作品達の『特別映像』が巨大スクリーンに映し出され超豪 華声優陣の生パフォーマンスあり、
超大物アーティスト達が集結し、スペシャルライブが行われるとあって、会場はすごい人混みだった。

「……… だからって、なんでこんな格好をしなければならない…」

千秋が着せられているのは一見軍服のようなもの。
青 いジャケットの襟元と袖口が赤で、足下はクリーム色のブーツを履かされている。

「あれ?知りまセンか?機動戦士 ガンダムのアムロ・レイデス」
「……知らん……。ーってゆうかなんで、俺がこんな格好させられているんだよっ!!」

の だめはキッと睨み付けて言う。

「管理官!ここはアニメフェスタデス!。世界中のオタク達がやってくる場所なんで すよ!。
こんなところでスーツ姿でうろついていたら、いかにも『私は警察です』って言っているようなもんじゃないデスか!。
木 を隠すには森の中って言うでショ?。フランクに隠れてコンタクトを取るには、めだたない格好をしなければ…」
「そ…そうなのか…」
「の だめ。…君の言いたいことはわかったが、私の格好は何なんだ」

カイ・ドゥーンがのだめに話しかける。
彼 は、ラクダのシャツに腹巻き、足は草履履き、頭にはねじり鉢巻をしながら首をかしげて難しそうな顔をしていた。

「ドゥー ンさんはバカボンのパパデス」
「バカ…ピン?」
「バカボンデス。いいデスか?これから話をする時には、必ず語尾 に『〜なのだ』ってつけてくださいネ。
おはようなのだ〜とか。これは決まりなんデス」
「…そうなのか」
「な のだデス」
「そう…なのかナノダ」
「のだめちゃーん、ボク、なんか寒いんだけど」

片 平が肩を抱きながら言う。
ちょっと冷たい風が吹く中、片平はノースリーブの赤いランニングに青い半ズボン。頭には麦わら帽子をかぶっ ていた。

「係長は、ワンピースのルフィデス」
「ねえ、ちょっと上着を着てもいい?」
「駄 目デス!コスプレをしている時は暑さ寒さは関係ありまセン!」
「のだめ〜。ボク、動きづらいヨ〜」

ユ ンロンは何かロボットの着ぐるみのようなものを着せられていた。
これが結構かさばるものであり、歩きにくいことこの上ない。

「ユ ンロンの着ているのはインパルスガンダム【ZGMF-X56S】デス」
「…これ、一人じゃ脱ぎ着できないんだけど…トイレに行く時は どうするの?」
「ひたすら我慢デス!」
「え、ええ〜〜〜っ!そんなあ〜〜〜!!」

そ の傍らで、ずっと黙りこくっている人影があった。
屈辱のせいなのかプルプルと震えている。

「あ れ?リュカ、どうしたんデスか?」
「………なんだよ!これ!!」

リュカが着ているのは女の 子達のアイドル、キティちゃんの着ぐるみだった。
顔だけがひょこんと出ているようなデザインで、愛くるしいことこの上ない。

「リュ… リュカ………。かっわい〜〜〜♪」

のだめは思わずリュカに飛びついてぎゅうっと抱きしめる。

「う わあ!抱きつかないでよ!ちょっと!」

リュカは真っ赤になりながら必死に抵抗を試みるが案外その顔が嬉しそうに 見えるのは気のせいだろうか。

「…それで、お前はいったい何の格好をしているんだ…」

げっ そりした顔で聞く千秋に対して、のだめはくるりと振り向いて、スカートの裾を持ち上げてみせた。
のだめが着ているのは黒いミニ丈のふ わっとしたワンピースに白いフリフリのレースのエプロンがついたもの。
いわゆるメイド服だ。
ご丁寧に頭にエプロ ンのレースと同じレースの飾りもつけている。

「ムキャ♪やはりコスプレの定番ですから!…管理官…萌えます?」
「知 るかっっ!!」





のだめの出 した案とは本部には内密で独自にフランクと直に接触を試みるというものだった。
さすがに会場の広さと、混雑が予想されることもあって 桃ヶ丘署のみんなに協力を頼むこととなったのだが…。

「管理官、よく似合いますね〜アムロ」
「は、 はあ…(よくわかってない)」
「やはり、片平係長の世代ですよね、ガンダムファーストシリーズは」
「ユンロンが 着ているのは何なの?」
「一番新しいガンダムですヨ。『機動戦士ガンダムSEED DESTINY』です」
「は あ…なんだかガンダムも変わっちゃったねえ」
「いやあ、それにしてもこの腹巻きは暖かい…ナノダ」
「のだめ!こ の服どうにかしてよ!」
「ああ、じゃあもう一つシナモンの着ぐるみもありますけどそちらにしますか?これは背の高い大人が着る時に は、
頭がすっぽり帽子の部分に入るようになってるんデス。ほら、この穴から外がのぞけるんですヨ」

意 外とけっこう皆楽しそうだ。

「…こんなこと知れたら、本部が黙っちゃいないぞ…」
「要はフ ランクを見つければいいんデス」
「しかし、この広い中、どうやってその参考人を捜し出す…ナノダ?」
「とりあえ ず、写真のコピーを配ります。彼とのだめは『プリごろ太』ファンなので、東3ホールのこの近辺に出没する可能性が大きいデス」

そ う言ってのだめは地図を広げ、ある一角を指し示す。
ふむふむ覗き込む面々。

「それじゃあ、 発見したらのだめの携帯に連絡をくだサイ!じゃあ、各自解散!持ち場についてくだサイ!」
「なんでお前がしきってるんだよ…」






何 故か同方向に向かい、行動を共にする千秋とのだめ。

「…なんか…皆、こっちを見てないか…」
「そ うですネ〜。やっぱりコスプレは見てもらってナンボですから!」
「てめえっ!!さっきと言うことが違うじゃねえかっ!!」

怒 鳴りつける千秋をよそに、ふとのだめの足が止まる。

「管理官、ちょっと待っててくだサイ。のだめ、欲しい同人誌 があるんデス」

そう言って小走りに走っていったのは、とあるアニメの同人誌スペース。
机の 上に冊子が山積みになっていて、愛想のいい売り子が「いらっしゃいませ〜」とにっこり笑っていた。

「ーおいお 前、捜査中だっていうこと忘れてるんじゃないだろうな…」
「まあまあ、いいじゃないデスか。すみませ〜ん、これくだサイ!」

の だめが買おうとしている本を千秋は何気なく手に取りパラパラとめくった。
そしてブホッと大きく吹き出す。

「な、 な、な、な、な…」
「どうしたんデスか?管理官」
「ー何だっ!!この本は!お、お、男と男が裸で○○○…」
「あ あ、同人誌ってこんなもんですよ」

けろっとした顔でいうのだめに、千秋は頭がくらくらしてきた。

「ー この、変態っ!!俺は知らんっ!。こんなのにつき合っていられるかっ!!」

そういうと、まだ会計をすませていな いのだめを置いて、千秋はすたすたとその場を立ち去った。

「あ、待ってくださ〜い!管理官!」






「は う〜。管理官、どこに行ったんですかね…」

のだめはキョロキョロと人混みの中を歩いていた。
千 秋はずいぶん先に行ってしまったのか、なかなかその姿を確認できない。
のだめははあっとため息をついた。
する と。

「どうしたの〜仔猫ちゃん」
「迷子になっちゃったの〜?」
「俺た ちが連れて行ってあげようか」

のだめはいつのまにかガタイのいい3人の男達に囲まれていた。
全 員、眼鏡で髪はぼさぼさ、スニーカー履きにリュックを背負い、秋葉原系の格好をしていた。

「…大丈夫デス。一人 で探せますから」

そう言って脇を通り抜けようとしたのだめを、一人の男がすっと前に立ちふさがり通せんぼをす る。

「そんなこと言わずにちょっとつき合ってよ〜」
「ハアハア…き、君の服、ずいぶん素敵 だね…。もしかして○○○ってお店のもの?」
「は?」

のだめは訳がわからないというような 顔をする。
コスプレ衣装は全てそっち系の友達から借りたものだからだ。

「う〜メイド服そそ られるなあ…」
「ちょっと、『ご主人様お帰りなさいませ』って言ってみてくれる?」
「ここじゃなんだから、あっ ちの人の少ない方へ行こうよ!」

ぐいっと一人の男がのだめの腕を掴んで引っ張る。

「ー は、離してくだサイ!」

男は見かけによらず、案外すごい力を持っていてのだめを人気のない方向へずるずると引き ずって行こうとする。
…普段ならこんな奴投げ飛ばすんデスが…。
のだめは必死に抵抗しながら考えていた。
… ここで、騒ぎを起こしたら、警察沙汰になりマス!。そうしたらきっとフランクは出てきまセン!。
のだめは目をぎゅうっと瞑り、心の中 で叫んだ。

助けてくだサイ!管理官!!。




「お 前達、何をやっている」

低く響き渡る声にのだめがおそるおそる目を開けると…。
そこに千秋 が立っていた。
千秋はのだめの腕を掴んでいた男の手を払い落として、その肩を抱くと男達に言い放った。

「ー こいつは俺の連れだが、何か?」

男達は、急に現れた登場人物にうっと引いた。
のだめはその 隙に、男達のそばを離れ千秋にしがみついた。

「この人は、のだめの彼氏デス!」
「……… (すごく否定したいが、この場合しょうがないかと思っている)そうだ…」

男達は、一瞬ひるみながらも千秋があま りにも容姿端麗だったのが気にくわないのか、いちゃもんをつけ始めた。

「ーなんだよ、なんだか怪しいな〜、そ れ」
「そーだよそーだよ。全然キャラが違って釣り合わないし」
「恋人同士だっていうんなら、今すぐここでキスで もしてみろっていうんだ」

ー何、勝手なことばかり言ってるんデスか…とのだめの頭にカッと血が上り、男達にくっ てかかろうとした瞬間。
のだめの体がぐいっと引き寄せられた。
…一瞬何が起こったのか理解できなかった。
気 がつくと千秋の顔が間近にあり、のだめの唇に柔らかいものが押し当てられていた。
のだめは驚きで目を見開く。
慌 てて離れようとするが、千秋の手がのだめの首を押さえていて簡単には動けない。
そのまま、更に深く口づけられる。

「ー ん……んん……」

男達はその様子をあっけにとられたように見ていたが、やがて一人の男がポツリと呟いた。

「… 面白くねえな…行こうぜ」
「ああ」
「行こう、行こう」

男達は捨てぜり ふを残したまま、去っていった。
のだめはもう一度ぎゅうっと固く目を閉じると…。
バシイッ!!。
千 秋の頬を渾身の力で引っぱたいた。
これにはさすがの千秋もぐらりと揺れる。
その隙にのだめはドンっと千秋を突き 飛ばすと、すぐさま身を離し、はあはあと肩で息をした。

「ーいきなり……何を……するんデスか!」
「別 に……恋人同士なんだろ?」

千秋は赤く腫れた頬を軽く手で押さえながら言う。
その言葉にの だめはかーっと耳まで赤くなった。

「そ…それは…!」
「ここで騒ぎを起こすのはまずい」

千 秋は平然としたまま言い放つ。

「ーお前だってそう思った筈だ」
「………」

の だめは唇をぎゅうっと噛みしめる。
あまりの怒りで体中が熱くなった。

「…管理官……あなた は最低デス!!」

のだめは軽蔑した眼差しで千秋を一瞥すると、くるりと踵を返し、だっと人混みの中へ駆けて行っ た。
千秋は後を追わなかった。






「う 〜ん、どれにしようかな…」

ユンロンはある一角の同人誌スペースの前で、立ち読みしながら本を物色していた。

「こ の女の子はロリロリで結構ボク好みなんだよネ〜。でも、婦人警官シチュエーションとしてはこっちが捨てがたい…」

さっ きからかなり迷っているようで、2冊の本をそれぞれ片手に持ち交互に真剣に見比べている。

「やっぱりこれにしよ うかな…」
「ユンロン、何してるの?」
「わっ!」

ひょこっとリュカが 顔を出したため、ユンロンは飛び上がった。

「リュ…リュカ……」
「張り込みさぼって何して るんだよ。ーそれは何?」

リュカはユンロンの持っている本をぱっと取った。
そのままパラパ ラとめくる。

「わーっっっ!!。リュカ!それは18禁本だヨ!子供は見ちゃいけません!!」

そ う言いながら、ユンロンが取り返そうと伸ばした手をするりっとかわしながら、リュカは冷静な口調で言った。

「ー これは胸ばっかりでかくてあとのデッサンがなってないよ。ユンロン、せっかくお金を出して買うんだからもっといいのを選びなよ」
「リュ… リュカさん……?」

呆然とするユンロンを見て…その肩越しにリュカが何かを見つけた。
リュ カはすっと目を細める。
巨大な頭のかぶり物をした男が挙動不審にキョロキョロと辺りを見回している。
…あれは… たしか…プリごろ太のキャラクターだ。
男は、かぶり物の内部から見ているのではらちがあかなくなったのか、もどかしそうにスポッとそ れを脱いだ。
その顔を見てあっとリュカは息を呑む。

「…ユンロン…あいつだ…フランク だ!」
「ーえ?」

何がなにやらわからないと言ったようなユンロンに向かってリュカは怒鳴っ た。

「すぐにのだめに電話して!」




の だめは人混みの中を流れに逆らって、ただ呆然としながら歩いていた。
先ほどの出来事を思い出しながらポロポロと後から後からくやし涙 が流れる。

ーひどい……あんなコトして……あんなふうに言うなんて……。

そ の時、ポシェットに入れていた携帯がピリリリっと鳴った。
のだめははっとして顔を上げると、涙をぐいっと拭った。
携 帯を急いで取り出すと、耳に当てる。

「ーもしもし…?」
『のだめ?ボクだヨ』
「ユ ンロン?」
『今、フランクとおぼしき男を発見した。○○ー7のスペースだヨ!リュカも一緒だ!』
「わかりまし タ!すぐに行きマス!!」






ユ ンロンとリュカは、フランクに見つからないようにしてこっそり後を付けていた。
普通ならガンダムとキティちゃんという異質な組み合わ せは充分に人目を引くのだが、さすがここはアニメフェスティバルだけある。
このでこぼこコンビにとりたてて注目する人間もいなかっ た。

「…やっぱりフランクだネ」
「ああ、のだめからもらった写真にそっくりだ」
「ー でも、あいつ、あんなにキョロキョロしてて…のだめを探しているのかな…?それに何かに怯えているみたいな…」
「あ!ユンロン!あれ を見て!」

かぶりものを取って、素顔をさらしているフランクに一人のガタイのいい男が近寄って行った。
金 髪でサングラスをかけている…その顔は…。
リュカとユンロンは思わず顔を見合わせる。

「オ リバーだ!!」

オリバーはフランクに近寄ると、その腕をぐいっと掴んだ。
振り向いたフラン クの顔が恐怖で強ばるのが遠目にもよくわかる。
リュカとユンロンは思わず走ろうとして…ユンロンが着ぐるみに足をもつれさせて倒れ た。

「ユンロン!」
「リュカ…ちょっと手を貸して…これ、一人じゃ起きれないヨ…」
「そ んなことしてる暇ないよ!ボクだけでも行かなきゃ!」
「ー駄目だ!」

ユンロンは倒れたまま 顔だけ上げて怒鳴った。

「奴は柔道の有段者の筈だ!子供の君が一人行ってどうにかなる相手じゃない!!」

そ んなことを言っている二人の脇を、さっと人影が走り抜けていく。

「オリバー!警察のものだ!」

千 秋がオリバーに怒鳴る。

すぐに後から追いついたのだめが何の打ち合わせもしてないのに、すっとオリバーの後ろに 回り込んで退路を断った。

「のだめ!」
「フランク!大丈夫でしたか?」

の だめの姿を見たフランクはほっとした表情になり、無理矢理にオリバーの手を振りほどいてのだめに駆け寄りその背中に回り込んだ。
同じ くユンロンから連絡を受けた片平とドゥーンも到着して四人でオリバーを囲む形となる。
四方向からじりじりと追いつめられ…やけになっ たオリバーは胸元からさっとナイフを取り出した。
そして、一番突破しやすい場所だと判断したのか、のだめに向かってナイフを構えたま ま走り出す。

「オリバー!止まれ!!」

思わぬ展開にあせった千秋は胸 元から銃を出して構える。
周囲にいた人々からきゃあっと悲鳴が上がった。
オリバーはすごい勢いのまま、のだめに 向かって進んでいく。
のだめは全く動く気配がない。

「ーのだめ!逃げろ!!」

千 秋は叫んだ。

次の瞬間。

オリバーの巨体が宙をふわりと舞った。
そ のままどうっと音を立てて地面に叩きつけられる。
のだめは自分が投げ飛ばした相手を見下ろしながら、ふうっと息を吐き、パンパンっと 手を払った。

「ーフン。のだめに向かってこようなんて、10万年早いデスよ」
「…のだ め…」

千秋は唖然として呟いた。
遠巻きに見ていた人々から拍手が湧き起こる。
の だめは頭をぽりぽりと掻くと、えへへっと照れくさそうに笑った。





続 く。