「寒くなりましたね」
灰色の雲が重たく広がっている窓の向こうを見上げながら、彼女は楽譜を捲った。
窓辺には何時の間にか積もり始めた雪が、薄っすらと白い影を作っている。
Virginity
「意外です」
「何が?」
今度俺はこの新鋭ピアニスト、野田恵とピアノコンチェルトをすることになった。
曲目は――――
「なんか松田さんって、もっと派手な曲を選ぶと思ってましたョ」
「俺だってたまにはこういう曲をするよ」
確かに派手な曲は大好きだ。
俺自身得意なものも多いしキャラクター的にもあっている、そして演奏の際の評価も高い。
それでもあえて、そういう曲を選ばなかったのは・・・
「さぁとりあえず弾きましょかね」
「おい、曲の話は終りかよ。
相変わらずマイペースな変態ちゃんだなぁ」
「弾いた方が早いですョ」
ぷくっと、俺の言葉に頬を膨らませる様子はとてもじゃないが俺の恋愛対象になるような「大人の女」では無いけれど。
その表情の愛らしさに、俺自身自覚のなかった緊張を解きほぐされた。
「さて、のだめも新しい曲に頑張って楽譜に向き合ってきたんですから聞いてくださいね」
その手を鍵盤に静かに下ろすと、表情は一変する。
ピアニストとしての表情・・・いやそれよりも・・・
静かに始まるその曲を紡ぐ音は、何にも染まらない、染められない透明な音。
其処に浮かぶ彼女の表情は―――あえて言うならば純粋に音楽を、神の光を求める求道者とでも言えばいいのだろうか。
沢山の喜びも悲しみも越えた先に、彼女はどんな音楽を見つけ出すのだろうか。
部屋の中に、そして俺の耳に満ちる音に己を委ねながら、彼女の求める音楽を、そして俺自身の音楽を探す。
音楽の神様の気まぐれによって彼女という存在に託された音は、今彼女が向き合う作曲家の思いをその音に煌かせながらも確かに彼女の音であり、彼女の思いだ。
おそらく他の誰よりも、純粋に音楽に向き合っているのは彼女なのかもしれない。
誰にも、おそらく彼女のよきパートナーでもある彼にも、その無垢な音を己の思い通りの色に染めることは出来ないだろう。
ならば、その透明な音の雫を煌かせる一筋の光として音楽を奏でてみようと。
今回の意外とも思える(今彼女にも言われたが)選曲は、自分にしてはそんな随分と殊勝な考えに至ったからだ。
「どでしたか?」
「どでした・・・ってああ、良かったよ、素晴しかった」
曲が終り、俺は無意識に拍手を送る。
今やるべきことは彼女とのコンチェルトの打ち合わせのはずなのに、俺は一観客として彼女の音に浸っていた。
観客は俺一人―――自分に向けて送られた演奏だと、何か勘違いしてしまうほどに引き込まれてしまった。
「まぁ強いて言うなら・・・こことここ、詰まったよね」
「・・・そゆこと聞いてるんじゃないですけど」
まだ弾きなれてないが故のミスタッチを指摘するぐらいしか、今は思いつかない自分に思わず苦笑いを零しながら膝に戻された彼女の手をそっと取る。
真っ白で柔かな女の手、でも鍵盤を自在に操るピアニストの手をしている。
「まぁまぁ、まずは君が素晴しい演奏をしてくれることを願って」
感謝と尊敬と、そして今後への期待をこめてそっとキスをした。
途端、ぽうっと頬を赤く染める彼女が「女」らしさを纏う。
音を染め上げることは無理でもこのぐらいのことは許されるだろうか、と、音楽の神様へ、そしていつ何時も彼女の心にあるであろう黒王子様へちょっと背徳感を感じてみたり。
「もう一度、こんどはちょっとテンポを変えて・・・少し早めにいいかな?」
「え〜・・・そですねぇ。
じゃぁこのぐらいで弾きましょうか」
俺の熱の跡をを無意識の中で擦りながら、再びその目は楽譜に向けられる。
何かを求めるその瞳。
その眼差しの先にあるものを、俺も、彼も、かの巨匠もいつか知ることが出来るだろうか?
外に降り積もる雪に残された小さな足跡を目で追いながら、再び流れ出すピアノの音を逃さないように、耳を澄ませた。
曲目あえて書かなかったのは、只単に思いつかなかったから(汗)
この際各自お好きなもので(笑)
で、松田さんがぁ?!・・・と意外性のありそうなもので。
個人的にはムソルグスキーとかシベリウスみたいなのをとおもってみたんですけど・・・自分の好みで。
(調べたらシベリウスはピアノ曲あるけど協奏曲はバイオリンしか出てこなかった)
のだめの音って常々こんな感じなのではと思ってまして文にしたらこうなりました。
で、決めるとこはカッコよく決められるのが松田さんだと思うよ(妄想フィルター作動中(笑))
(松田さんののだめへの手のキスは多分一回やってる、アタシ)
因みにタイトルはなつかしのREBECCAから(
これ聞いて思いついたモンですから)
ということでこれを松田同盟へと献上させていただきます♪