夢か現か(前編)
「そ
デスか。わかりました。お仕事頑張ってくださいね」
「あ、ああ。また連絡するから」
「先
輩お元気で」
早々に電話を切られた千秋。
パリに帰る予定が少し変更になり数日遅れることに
なった。
日程もはっきり決まっていなくて、とりあえず千秋はのだめにその旨を伝えたのだが、
文句の一つも無いか
わりにそっけない態度をとられてしまう。
「ガッカリさせた・・ってことか」
仕
事が忙しいというのは幸せなことである。
今後の糧にもなるものだし、すれ違いの生活だということはお互い最初から分かりきっている。
で
も今回は期間が長かったのと、帰国の予定していた日を直前になって延期になったと告げたものだから。
「充電切
れ、か」
仕方の無いことというのも充分承知している。
でも気持ちが割り切れないってこと
だってある。人間なんだから。
千秋はドサっとベッドに体を横たえた。
同じ時、のだめも苦悶
の表情でやり切れなさを耐えていた。
会えるのが先延ばしになったというだけの話だ。
二人で
計画していたいろいろな事だって帰ってからすればいい。
期間限定のスィーツとかイベントは無理そうだけど。
翌
日からはまたいつも通りの日常だ。
音楽漬けの毎日。刺激的で充実してて満たされる。ただ一部を除いては。
あ
の電話から1週間。
あれ依頼電話でのやり取りも減っている。
のだめは学校帰り、真っ直ぐに
は帰りたくなくて、千秋とよく歩いているパリの道を一人で歩いていた。
一人で食べる焼き栗はいつもみたいに美味しいとは感じない。
何
をするでもなくただいろんな事を考えたり思い巡らせたりしながら、人や動物や車の音を聞くでもなく聞いて、風に身を任せてトボトボと歩いていく。
あ
んなに綺麗だと思った夕焼けも今は色褪せているような気がしてならない。
それにいつのまにかもうすっかり日は暮れている。
「こ
んなんじゃいけませんね。もっと気持ち引き締めなくちゃ。
先輩だってあと少しで帰ってくるんだし。そろそろ帰ってピアノ練習しな
きゃ」
気持ちを入れ替え帰ろうと踵を返した所で、ある人物と目が合った。
「あ
れ?」
「ムキャ?」
「君は、あの時の変態ちゃん」
「ズ
ボン下ろさないと小の出来ない・・・」
「名前で呼べよな。松田っていうんだけど」
「そっ
ちこそ、変態じゃなくてのだめデスよ」
「でも千秋だって君の事変態って言ってたけど?」
「そ
う言っていいのは先輩だけです!。そっちこそ、松田さんだって充分変わり者だと思いますけどねっ」
「ま、いい
さ。それよりこんな所で何してるの? 千秋は?」
「あー、先輩は今演奏旅行中です。のだめはちょっと散歩してて
今帰るところでした」
「こんな時間帯に散歩って、やっぱり変ってるんだね、のだめちゃん」
「い
つ散歩しようがのだめの勝手です。のだめお腹も空いたし帰りますカラ。それじゃ」
帰ろうとするのだめを松田は何
故か引き止めて食事に誘ってしまった。
何となくのだめともっと話をしてみたいと思ったからだ。
少
し悩みつつも美味しい食事の誘惑に負けたのだめはあっさりと松田の誘いに乗ることにした。