夢か現か(中編)
今
日は一人で食事のつもりだった松田は、思わぬ所で意外な人物と遭遇したことでこれからの時間が楽しいものになると確信した。
の
だめがまだ行ったことが無いという割と評判の店へ連れて行き二人で食事をする。
始めは改めてお互いの簡単な自己
紹介。
それから松田のパリでのスケジュールやのだめの学校の話など、当り障りのないものから始める。
「の
だめちゃん、よっぽどお腹空いてたみたいだね。美味しい?」
「どれもこれも美味しいですよ! それにのだめいつ
もいっぱい食べるんデス」
「健康な証拠だね。それとも今成長期?」
「むっ。
成長期は終わりました。今は大人の女ですよ。これでも25になったばかりデス」
「これは失礼した。そっか、25
か」
美味しそうに食べるのだめを見ているとやはり誘って良かったと松田は思った。
「好
き嫌いはなさそうだね」
「いえ、一応生のトマトは苦手です。好きなものは先輩の手料理デス」
「千
秋って料理するんだ。意外だな。君が作って食べさせてやるんじゃないのか」
「のだめ料理は苦手ですが、千秋先輩
の料理は絶品ですよ」
「ふーん。で、その千秋先輩はいつ戻るのかな?」
そ
の一言に急に表情が暗くなるのだめ
「まだ連絡ないのでいつになるのかはわからないです。もうそろそろだとは思う
んですけどね」
食事もデザートも終わった頃、松田はまたのだめを誘う。
「こ
の後、場所変えて飲みに行かない?」
「はぁ、そうですね・・・のだめあんまりお酒飲めないですけど」
「そ
んなの関係ないし。あんまり溜め込んじゃ駄目だよ〜ちゃんと俺がのだめちゃんの話聞いてやるからさ。愚痴でも何でも言いなって」
「松
田さんってイイ人だったんですね」
「あたり前。千秋より大人だし〜違いの分かる男だし〜」
そ
の後二人は松田の宿泊先のホテルのバーにいた。
のだめはよく分からないので松田に選んでもらった度数の低めのカ
クテルを飲む。
「こういうのあんまり飲み慣れてないですけど、色も綺麗だし、見てるだけでもいいですねぇ」
「普
段は何飲んでるの?」
「ミネラルウォーターとかジュースですけど、時々先輩に付き合ってワイン飲みマス」
ほ
ろ酔いののだめの口が軽くなってきた所で、松田はここぞとばかりに千秋のことを根掘り葉掘り聞き出そうとする。
普
段の生活や仕事のことはさほど面白くは無い。
今はセバスチャーノ・ヴィエラの元でも修行をしているというが、ある意味贅沢な男であ
る。
が、松田も指揮者という立場だから千秋の目指そうとしているものが何なのか分かる気がした。
「そ
うやって、経験を積んで、チャンスをモノにしてくもんだよな。フツー」
「松田さんも?」
「あ
あ。でもオレはあいつよりずっと苦労してきてる。だから今のオレがあるわけだし、このオレから見ればまだまだあんなのヒヨッコなだけだけどな」
「むぅ
〜千秋先輩のレベルででもデスか〜。プロの世界は厳しいんですね」
しゅんとしてしまうのだめ。いつもなら先輩
だってスゴイんです!とかなんとか反論するのだが、今日に限ってはいつもの勢いがない。
「だったらのだめなんか
はまだまだ地上に芽が出るかでないか位・・・ヘタをするとずっと土の中・・・日の目を見ることも無く・・・」
残
りのカクテルを一気に飲みこむ。
「オイ、大丈夫か?」
「これ美味しい
ですね〜おかわり下さい!えへっ」
顔を紅潮させて微笑むのだめに一瞬ドキっとしつつも、のだめに言われるまま次
から次へと飲ませてしまった松田はそれから1時間もしないうちに後悔することになる。
テーブルにつっぷしてしま
うのだめをどうしたものかと思考を巡らせる。
そして、結局は自分の部屋につれ込んでいた。
ベッ
ドに横たわらせてのだめを観察する。
「無邪気で害の無さそうな顔しちゃってんな。でもいくらなんでもマズくない
か?
千秋をからかうネタに丁度いいかと思って連れて来たはいいけど、オレも頭まともに働いてなかったかもな」
そ
の時、のだめの携帯の着信音が鳴った。
条件反射でのだめは側にある自分の携帯を取り出そうとするが上手く行かない。
松
田が手を貸してやりのだめに携帯を渡した。
「アロー」
目をつむったま
ま答える。
「千秋センパイ・・・」
一言だけ言うとそのまま、今度は完
全に寝入ってしまったようだ。
千秋からの電話だとわかり松田が代わりに電話に出て事情を説明する。
か
なり不機嫌になった千秋だが、やっとパリに戻って来たという。
のだめは部屋にいないし、連絡もつかないしで、今までイライラしていた
らしい。
やっと連絡がついたと思ったらこの有様。
速攻でこのホテルに来るという。
そ
れにしても、と千秋は思う。
酔っ払って男の部屋につれ込まれるなんて隙がありすぎる。
しかも相手はあの松田幸
久。
のだめをどうしたものか、と考えながら目的地まで急いでいった。