まるで。
子供の頃弾いた、クレメンティの
グラドゥス・アド・パルナッスムみたいに難題だった。
どう切り崩して良いのか。
どうすれば終わりがくるのか。
分
からないままに、挑戦し続けた。
違うのは、退屈じゃないという部分だけ。
……きっと、僕は。
きっ
と僕は。
道化師のようだったのだろう。
答えが分かっている周りにとっては。
其れはもう、滑
稽でほほえましいだけの。
ただの子供。
嗚呼、僕は。
僕はまるで……。
グラドゥス・アド・パルナッ
スム博士(Doctor Gradus ad Parnassum)。
クロード・ドビュッシー(Claude Achille
Debussy)作曲。
6つの小作品からなる組曲「Children's Corner(子供の領分)」の第1曲目の曲である。
ド
ビュッシーの一人娘である女の子の為に捧げられた組曲だが、
子供が演奏することを目的とした曲ではなく、あくまでも子供らしい気分を
大人が浸れるという曲である。
なお、「Doctor Gradus ad
Parnassum」とは、クエメンティの「Gradus ad Parnassum」という退屈で退屈でしょうがない練習曲から取られた題名。
同
練習曲を嫌々退屈そうに繰り返す子供の姿をユーモラスに表現した曲がこの曲である。
小さな子供が、まるで老獪な博士のように眉根を寄
せて、その練習曲に取りかかっている。
嫌で嫌でたまらないその練習曲を、しかめっ面の難しい顔で弾いている。
指
の練習、ひたすら指の練習。おもしろくない其の作業。
子供は必死で其れを弾く。親は其れをクスクスと笑いながら、見守る。
曲
は、そんな様子をユーモラスに描く。
そして、後もう少し、後もう少しで練習曲が終わる!終わったら遊びに行こう!
最
後はいきなりそう思わせるような、突如激しく明るい旋律で、盛り上がって終わる。
グラドゥス・アド・パルナッスム博士
「ボドリーさん!!アンコール、いけますか?」
「うん、いけるよ!で
もちょっと待って。……先ず水をくれない?」
喉がカラカラだった僕は、
差し出されたペット
ボトルの水を飲み干し、ほっと息をつく。
客席からは、惜しみない……勿体ないほどの拍手が送られている。
これ
で、アンコールに出ないなんて事は、出来ない。
僕だって、これで終わりたくなんかない。
だって、この人達は、僕
の演奏を聴きに来てくれたんだ。
限りある時間を切り崩して。
お金を払って。
其処までして僕
の演奏を聴きに来てくれたんだ。
僕は、それに対して何が出来る?
……一曲でも多く、皆に幸せな時間をあげること
しか、出来ないじゃないか。
「のど、渇かれてたんですねぇ」
「うん!もうカラカラ!……舞
台袖に引っ込んでから気が付いたんだけどね」
「……確かに、あんな大曲ばかり弾かれてたら喉も渇きますよね?疲れはどうですか?」
「大
丈夫!体力勝負だからさ。ピアニストなんて」
でも、体力には限界がある。
万全の演奏が出来
る時間なんて限られてる。
多分、後数曲弾けば、僕のベストは出せなくなる。
其れは、観客に対して失礼だから。
理
性で判断して、アンコールは2・3曲ってところ。
……だって、身体で判断なんて出来ないのだもの。
今は疲れなん
か感じない。
脳内物質の、麻薬物質が大量に分泌されているんだろう、なんて事を思ったりして、笑えてくる。
「じゃ、
行ってくるね!」
「あ、あの!コールは必要ですか?」
「いや、要らないよ。皆知ってるよ、この曲」
と
ても有名で、有名で……。
でも、単発ではなかなか演奏されない、アンコール向きとはあまり言えない曲。
その曲を
敢えて弾く。
「あ、今日はショパンが多かったし……、まさかショパンの夜想曲とか!?」
「ふ
ふ、残念ながら違う」
だって、今日は、君が来てくれている。
僕の大事な、大事な、親友で。
そ
して初恋の人が。
彼女の一番大切な人と、来ると。
そう、この間会ったときに、言ってたから。
「も
うこれは、僕がコンヴァトを卒業するときから決めてた曲なんだ」
コンヴァトを卒業する時期に、のだめへの恋が永
遠に実らない物だと分かったんだ。
だから、僕はこの曲を、いつか。
いつか、君と、君の一番大切な人の前で、弾こ
うと思っていたんだ。
ねぇ、のだめ。
今日は君がコンサートに来てくれて居る。
のだめ、千秋
恵。
もう、「のだめ」じゃない、のだめ。
ねぇ、のだめ。
僕にとって、君は初恋だったし、僕
は今でも君が好きなんだよ?
でも……。
「ボドリーさん!其れって、何の曲ですか??」
舞
台に戻る瞬間の僕に投げかけられる質問。
僕は振り返って、微笑んだ。
「ドビュッシーの、グ
ラドゥス・アド・パルナッスム博士、さ」
今日、僕は。
僕の一番大切な人の、一番大切な人
に、僕の滑稽さを笑ってもらうんだよ。
そして、安心してもらうんだ。
僕はもう分かったって。
だ
から。
僕の分まで、のだめ、君を幸せにしてくれ、って。
「「「うわぁあああっ!!」」」
僕
が舞台に戻った瞬間に、沸き上がる歓声。
さぁ、聞いてもらおう。
道化の様だった、初恋の話。
滑
稽で、道化で。
でも、何よりも真剣だった、僕の恋を。
「……大好きだったよ、のだめ」
椅
子に座って、誰にも分からないようにそう呟いて、僕はピアノに手を掛ける。
これはきっと。
"あの恋は、まるで、
グラドゥス・アド・パルナッスム博士の様だったんだ"
今となっては、そう笑える僕が。君に恋をした僕が。
恋した
君に出来る、最後のこと。
だよね?
僕の指から、
最初のCの装飾音が紡がれた。
リュカのだ??これが??笑。
久々にのだめ小説書い
たら、どうにもこおにも(汗)
さて、恒例の??弾いたらどうなるか的、私情たっぷり解説
(?)です。
今回の曲は「子供の領分」より、ラドゥス・アド・パルナッスム博士 。
通称、なんとか博士です。
(おい。
この曲も、かなり有名な曲なので、必ず何処かで聞いているのではないでしょうか。
この曲自体、弾くのに
さほど苦はありません。
まるで練習用エチュードの様な16分音符の連続技に、綺麗な旋律を付け加えている様な感じです。
リ
ズム練習さえすれば、弾けるでしょう。
また、さほど手が大きい必要もないので、子供が弾いても十分面白い曲と言えるでしょう。
私
自身も、この曲を一番最初にコンサートで弾いたのは小学校の頃です。
ただ、ドビュッシーですから、やはり現代音楽らしい音型が使われ
ています。
古典やロマンなどと混同して弾くと、面白い曲とは言えなくなるでしょう。
また、この曲を「夢中」で弾
くと本当に面白くないエチュード化してしまいます。
16分音符はあくまで軽やかに。あくまで波のように。
其れが
出来なければ、この曲は弾く価値、聞く価値がありません。
また、この曲はテンポを極端に揺らすと面白くありません。
其
処の部分も認識しておく必要があると思われます。